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人類最古の流行語大賞

その時代が実際にどんなものだったか、ということを正確に読み取ることは困難です。自分の過去ですら案外思い違いが起きるのですから、ましてや時代全体の把握など難しくて当然だと言えるでしょう。

一方で流行りというものはその時の雰囲気や状況を反映しているという点で一つの指針になります。問題があるとすれば、それが「流行」である以上は定着しにくく、記録しなければ消え去ってしまう危険性があることかもしれません。

時代を表す流行語

日本でよく話題になる「流行語大賞」はこの点において貴重な資料とも言えます。「24時間タタカエマスカ」や「アッシーくん」などが表す雰囲気は現代では失われたものです。これらは、そのままでは公的な文書には記録されませんが、人々の暮らしや考え方から大きな影響を与えているものです。

これらの流行語が時の試練をくぐり抜け、無事に何世代も受け継がれるようになると慣用句やことわざとして成立することもあるでしょう。逆に言えば、こういった過程を経なければ、人々の私的な言葉は失われやすいものだということが分かります。

有名な思想家や作家の偉大な言葉が受け継がれることは多くあります。しかし会話の中で培われた慣用句やことわざにもまた独自の魅力があるのです。時代や文化の特性を知るなら、天才の言葉よむしろり人々の会話に耳を傾ける方がよいかもしれません。

このように時代を映すものが流行語だとするなら、記録されている中で最も古い流行語とは一体なんでしょうか。

最古の「流行語」

ギリシア、ローマのことわざは現代でも多く伝わっています。戯曲の台詞や偉大な人物の言葉がひしめく中、一風変わった出自を持つものがあります。

「ipse dixit.」元はギリシア語でしたが、広まったのはラテン語での形です。日本語に訳すなら「師みずからそう仰られた。」という意味になるのですが、これだけではよく分かりません。これは成立の背景を知ってはじめて使えるようになるものです。

古代ギリシアでは議論が盛んで、さまざまな学派が存在していました。その中にピタゴラス派というものがあります。ピタゴラスとはあの数学で有名な人物であり、これは彼を中心とした学派でした。

このピタゴラス派ですが、人々からの評判は決してよくありませんでした。彼らは議論に詰まると「師みずからそう仰られた」、つまり「だって先生がおっしゃっていたから」正しいのだといって譲らなくなってしまうのです。これではちゃんとした話なんてできたものではありません。

この権威主義的な態度を表現する言葉は人々の間で広まり、後にローマの哲学者キケロがラテン語で訳したことでさらに普及しました。ギリシア、ローマは議論を好む文化がありましたが、その様子を逆説的に表すのがこの「ipse dixit.」なのです。そういった意味でもこれは古代の流行語大賞としてもよいでしょう。

現代の「ipse dixit.」

さて、現代の流行語大賞に戻ると、Wikipediaの紹介ページは「選定をめぐる問題」という内容に一章を割いています。どうやら選考委員の独断や政治的偏向が感じられることが問題視されているようです。

事実はともあれ、過去をありのままで表現してくれることが魅力の流行語大賞が権威主義的になるのは避けたいところです。とはいえ、現代は情報化で流行りの移り変わりも早いですから、そもそも全員が納得するものを選ぶのも難しいかもしれません。

この賞は細かい変更がありながらも1984年から何十年も続いてきたものですから、いきなり廃止というのも寂しいものです。存続するには、権威主義的でない公平な選定、つまり「師みずからそう仰られた」からではない理由が必要だと言えるでしょう。

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