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「おすすめの本」問題

趣味は何か、と聞かれれば読書と答える。出費の多くを本に向けているのは事実であり、「読書とは何か」などといった説明も必要ない。しかし、ではどんな本を飛んでいるのか、さらにはおすすめの本は何かと言われるの返答に困ることになる。

ひとくちに本と言っても内容は千差万別である。相手に告げる本を決めるには、まずジャンルを絞らなければならない。そう考えると、気軽に手に取りやすく、専門性が低いものを選べるという点で小説が抜きん出ている。

問題は小説自体がさらに多種多様であることだろう。歴史小説を読む読者が少女の初恋を描いた作品も手に取るかどうかは保証できない。実際、インターネット上でも、好きな作者やテーマまで絞ったコミュニティくらいでないと収集がつかない様子である。

そもそも、二人が同じ本を読んだとしても、その感想や感覚には微妙に違いがある。これは映画でも起こりうることだが、小説はより寡黙である。例えば、ある登場人物に対して、彼の心情がいかに理解できなくとも、映画であれば一応表情や振る舞いといったものが十分に示されている。

しかし、小説の方は場面どころか、人物の外見さえ読者の想像に委ねている。「世界一の美女」と書かれていればそれに従うほかないが、具体的にそれがどんなものかは人それぞれ、といった形である。

人ひとり出てきただけでこの有様なのだから、内容全部となると途方もないことである。上で挙げたような「想像の余地」はもちろん小説の醍醐味でもあるのだが、やはり人に薦める際の懸念点にはなる。

もうひとつ読む人の人数が多そうなものを挙げるならば、ビジネス書だろうか。読んだと言う記事を投稿している人も多い。しかしこちらはどちらかというと目新しさが重視される印象がある。

同じ作者が似た内容の本を繰り返し書いているとまでは思わない。一方で、つい最近まで書店の最前線にいた本があっという間に古本屋まで後退しているのを見ると少し寂しくなる。

こんなことを書き連ねてきたが、今私の手元にあるのは『サイバネティクス』という本である。これはノーバート・ウィーナーという科学者の手によるものであり、「サイバネティクス」とは「人工知能」という用語が登場する以前にその分野を担っていた言葉である。

興味深い本だが、中身は専門用語と数式にあふれている。ウィーナーの教養は科学だけにとどまらなかったため、文学や神話から比喩を借りてくることも少なくないので、内容を理解するのには相当時間がかかる。素晴らしいものとはいえ、他人に無責任に読めと言えるようなものではない。

結局のところ、読書についての話題では次のような回避策がいるだろう。つまり、先にうまく相手の読んでいる本や興味を聞き出し、それに合わせるというものである。こうすればほとんど失敗はあるまい。

未知の分野の専門書や知らない小説なら質問すればよい。そこから話題も広がるだろう。この場合、もっとも困惑すると思われるのは、読んだことはあるが感想を言葉にしにくいものを挙げられたようなときである。

ジャン・ジュネの『泥棒日記』や、バタイユの『マダム・エドワルダ』が大好きだと言われたら、私はどうするだろうか。確かに共通点は見つかっただろうが、その次に困る。いまのところ、そういった会話がなかったのは幸運か不幸なのかは、わからない。

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