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小説「じろじろ」

じろじろ、しましょ。

と、先生が息子に言った。もう10年前になる。

「私は教えられるし、可能性は無限大なんだから、伝えなきゃダメだよね!」とその女は言った。その女、こんな表現になってしまった。それで充分だと思った。大人に言われて描く絵ほどきたないものもない。その女の息子は総理大臣賞だか文部大臣賞だかとったとかで、その女の娘はピアノのコンテストで東京に行くとかで、ああ、どうしたらいいだろうと困っていたので、私はその女を嫌いになることにした。決めてしまうと簡単だった。人は残酷だけど人間になるとおっそろしく簡単だと思って、自分もいやになった。私は、嫌だ。

子どもを生んだと思っている女が嫌いで。子どもは生まれて来るものだ。、親はなんにも介在しないもんだ。

それはあんまり関係ない。が、生んだを良いことに、なんだかんだ金を懸けるのは、かなしいことだ。

人は。

生きていくものだ。誰もそれを知らない。人間なら育てるものだと思っている。違うよばーか。人間は状態だ。人は存在だ、全然違うよばーか、と思う。

じろじろ描きなさいと、息子に先生が言った。思うがままにやりなさい言った。

むしろ、子どもが何を思い描いているのかを問うのが教授だ。叩き込んでどうおする。

じろじろ。

べたべた描かれたのが上手だという。いろんな意見があることは良いことだ。ただ間違った意見があればいいだけだ。

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