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エンジニアになって、もうすぐ一年経つので振り返りをする。

私は、今東京に住んでいる。
このゴールデンウィーク、4/29(土)〜5/7(日)までお休みをいただいて、観光とエンジニア同士での勉強会をするために北海道、帰省で地元の福島、後半は東京で友人と飲み歩き、話をたくさんして、友人に会ったり、旅行をしたりして過ごした。
今回の休暇は、私にとって転換点となったように思う。
今後自分自身の思考がどのように変化していくかわからないので、現時点での私が感じていることをここに書き残そうと思う。

私は、Webエンジニアとして働き始めて、もうすぐ一年経とうとしている。日常的に仕事をする中で、今後のキャリアについて考える機会も多々あったように思うが、自分自身この先どうしていきたいかということは明確にはわからない状態だった。仕事をする中で、ほぼ逃避的にそのような”自分が何をしたいか”という問いを考えないように、敢えて多忙な日々を送っていたように思う。その行為自身に後ろめたさを感じることはなかったけれど、胸を張って充実しているというわけでもなかった。

ここ最近は、別に病んでいるというわけではなく、ある種、日常的に、慢性的に、死生観について考えることは多かった。具体的には、自分自身はどうして生きているのだろうとか、生まれてくることは自分自身には選択できないのに辛いことが多いな、などということを考えていた。その思考に沿うように、最近読んでいた本も、どちらかといえば、哲学や人文的な本が多かったように思う。実際読んでいた本は、生きることの意味を問う哲学暇と退屈の倫理学死ぬまで生きる日記<責任>の生成ー中動態と当事者研究などである。こうやって見てみると、内面に入り込んでいく本が多かったように思う。

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「北海道に行く。」
エンジニアの友人たちと、勉強会・交流会・飲み会を兼ねて、北海道で9人ほどで集まることになった。実際に行った内容は、現状の仕事や今後のキャリアなどを含めた相談会、各々が自分の作業を自由にするもくもく会、その後の飲み会というような流れだ。
相談会は、総合的にとても良かったように思う。エンジニアになってから他に関わる現役エンジニアといえば、社内の人がほとんどだったように思う。少なくてもしっかりと身体を向かい合って話をする機会はなかった。それ故に気付かぬうちに、自分の中に狭い世界を作ってしまっていたように思う。他の人の話を聞いていて感じることも多くあった。自分自身は、受託系の比較的大きめの会社に勤めているけど、参加していた方々は、自社開発で働かれている方もいれば、受託だけど、働き方や規模が違うなど、多種多様だったように思う。俯瞰して自分自身を見つめるいい機会になった。それに他の働き方をしている人たちの温度を纏った意見を聞けたことは、今後のことを考える上で、かなり役立ったように思う。

実際にもくもく会で取り組んでいた作業といえば、エンジニアとは全く関係のない、日々の読書記録をまとめる作業をしていた。その中で暇と退屈の倫理学という本の内容をまとめていて、「遊動と定住」というキーワードが出てくるのだが、それらの定義についてよくわかっていないかもしれないと思い、調べているうちに、ある動画に行き着いた。それが原研哉「遊動の時代/伝統の未来」という、グラフィックデザイナーの原研哉さんの講演動画であった。この動画で語られていることは、ざっくりいうと、日本文化を見直して、自然の定義を見直す中で、遊動(観光)で感じる豊かさについて考えて、新しい観光の仕方とか、日本文化の見方を多角的に見つけていける、あるいは気づけるかもしれないというような内容だったように思う。(少なくても個人的にはそう感じた)
これは自分の中では革命的な考え方だった。今まで個人的に今後やりたいと思っていたこととして、ポスト資本主義という観点を入れて、地方創生や資本主義の仕組みに捉われない会社経営など、そういうような活動をしている会社にエンジニアとして関わっていきたいと、漠然と思っていた。だが実際問題どうだろう、エンジニアとして働いてみると、そういうような思想だとか、社会課題を解決していくことがいかに大変かということが解像度が上がって見えてきた。そして、何より課題意識としてあったのは、実際的に社会を動かす、コミュニティを動かすことは難しいということだ。関わる地域や会社の方々は、必ずしもロジカルに考えるわけでもないし、エンジニア的思考を持ち合わせているわけでもない。そもそも前提として、人間は、論理で機械的に動く生き物ではなく、どちらかといえば感情的で直感的に生きていて、それらの直感や感情的判断のベースに論理がたまたまあるという感覚の方が近いと思ったからだ。だから自分の中にある課題意識といえば、(繰り返すようだが、)いくら仕組みを作っても、論理の積み木を組み立てても、その地域の人や会社の人は「動きたい」と思わないだろうと思っていたことだ。

ただ実際に、今回北海道に旅行して、その土地特有の美味しい食べ物を食べているとき、福島の人と話をしていて訛っている言葉を聞いたとき、車両数の少ない電車で田んぼが並ぶ景色を眺めているとき、そういうときにその土地特有の文化を感じて、それを認識したときに、自分は豊かさを感じている。と。そのように思えた。
そういう、旅先で感じた感覚と、原研哉さんの考え方がある種、ごちゃ混ぜになって、文化資本をどういうふうに残していくか、コミュニティをどういうふうに作っていくか、など広い意味でのデザインを学んで、そこにたまたまエンジニア的なスキルもある。というような感覚で仕事をしてみたいと今回の休暇をきっかけに思うようになった。

余談だが、最近働きたいと思う企業がいくつかあった。採用ページを少しだけ覗いてみると大体、コミュニケーションスキルとしての英語、デザインエンジニアのポジションが求められることが多かったように思う。そういう経緯も色々合わさり、デザインを勉強してみたいという気持ちを後押しした。

今後半年から一年で具体的に行なっていきたいことはいくつかある。
1. 今の会社の中で、バックエンドエンジニアとして働きながら、フロントエンドエンジニアとしても仕事を増やしていく
2. 広い意味でのデザインについて勉強する
3. コミュニケーションスキルとしての英語を勉強する

直近はバックエンドエンジニアから、フロントエンドエンジニアとして、どちらの仕事もできるようにキャッチアップや実務を行うことに注力していこうと思う。ゆくはエンジニア、デザインとか枠組みに捉われない、もっと抽象的な仕事であったり、抽象度の高いデザインをしていくような肩書きが謎な人を目指していきたいと思う。
そういう意味では、哲学者の谷川嘉浩さんのように、『自分の仕事は、哲学者などです。』というふうに自己紹介できるようになっていければいいと思う。
「僕の仕事は、エンジニアなどです。」と。

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旅行についての考え方もかなり変わったように思う。
それは今まで、定住的な生き方が人間のスタンダードだと思っていたけど、少し調べてみると、むしろ遊動的に生きている期間の方が長く、僕らホモ・サピエンスのスタンダードは遊動生活(移動しながら生活すること)だということが見えてくる。
暇と退屈の倫理学から引用するならば、暇とか退屈とかそういうような概念が生まれたのも、定住生活になってからだという。それは遊動的に生活していれば、日々の環境は大きく変化する。毎日狩りをして、食事を準備しなくてはならないし、眠る場所を確保する必要もある。でもそれを現在の僕らの視点で見つめると不幸に思えるかもしれない。だが実際的にはそうではないかもしれない。それは遊動的に生活をして、やることがなくならない生活を送る中で、むしろ人間としての身体性が十分に発揮されることで、退屈と考えることもないということである。そこにはもちろん恐怖とか負の感情もあったと思うけど、それよりも身体性が十分に発揮されることで達成感というか、ゾーンに入っているような感覚というか、そういうような心地よさを感じる瞬間も多くあったのではないかと想像することもできる。
つまり、旅行についての考え方がどう変わったかといえば、以前までの自分は人間としての生き方のスタンダードが定住だと思っていたわけなので、旅行することで感じる心地よさや楽しいと思うこと、これらは日常からの逃避的な側面も往々にしてあるように感じていた。けど遊動がむしろ人間らしさなのだとしたら、知らない土地に行って、新しい人と関わりを持つとき、新しい土地でその土地の文化に触れるときなど、そういうようなときに感じる豊かさを後ろめたさなく、前向きに自分の中に取り込むことができるようになったように思う。そして、日常の中で考える死生観など、少しネガティブなことも、無理して考えなくて、でも逃避ではなくて、ある種人間性を発揮するために旅行をすることがとてもいいことだ。とそういうふうに思えるようになった。

総じて、今回のゴールデンウィークは、この半年間自分の中で反芻的に内省していたことの伏線を回収するいい機会になった。

最後に最近読んだ本で、これからエンジニアとして働く方、エンジニアとして働いている方、考え事をよくする方の助けになるような考え方があったので、共有しようと思う。

何かをわかるということは、何かについて定義できたり記述できたりすることではない。むしろ知っているはずのものを未知なるものとして、そのリアリティにおののいてみることが、何かをもう少し深く認識することに繋がる。たとえば、ここにコップがひとつあるとしよう。あなたはこのコップについて分かっているかもしれない。しかしひとたび「コップをデザインしてください」と言われたらどうだろう。デザインすべき対象としてコップがあなたに示されたとたん、どんなコップにしようかと、あなたはコップについて少し分からなくなる。さらにコップから皿まで、微妙に深さの異なるガラスの容れ物が何十もあなたの目の前に一列に並べられる。グラデーションをなすその容器の中で、どこからがコップでどこからが皿であるか、その境界線を示すように言われたらどうだろうか。様々な深さの異なる容器の前であなたはとまどうだろう。こうしてあなたはコップについてまた少しわからなくなる。しかしコップについてわからなくなったあなたは、以前よりコップに対する認識が後退したわけではない。むしろその逆である。何も意識しないでそれをただコップと呼んでいたときよりも、いっそう注意深くそれについて考えるようになった。

デザインのデザイン 原研哉 まえがき

 もう一つだけ、共有させてほしい。

ダニングクルーガー効果

一般に、この曲線は学習曲線とも言われることがある。
何かを学ぶとき、この曲線のように少しの勉強で分かった気になってしまう。そして継続すると何も分からなくなる。
学びとは、馬鹿の山を登って、絶望の谷に落ちて、また緩やかに啓蒙の坂を登り始める。そうやって学んでいく。でも気づくと分からなくなるのが怖くて、馬鹿の山に腰を下ろして居座ってしまうこともあるし、絶望の谷に落ちて帰ってこれないときもある。
でも分からなくなるということは、今まで学んできたことについて以前よりも後退したわけではない。むしろその逆である。そのように原研哉さんはデザインのデザインという本(上記で引用した文章)でおっしゃっているように思う。これはエンジニアという学びのサイクルにいる僕らには背中を後押しするような考えのように思う。

記事のタイトルでは、エンジニアとして振り返ると書いているがそれよりもより抽象的な内容になってしまった。
ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございます。

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