惟光くん物語最終話、惟光朝臣の密かなたくらみ
皆さんごきげんよう、私の名は藤原惟光35才。
わが主の光源氏と政敵の娘、朧月夜の君とのアバンチュールが元で謀反の疑いをかけられ、主従共々逃げるように都を去ったあの日から10年の歳月が経ちました。
須磨明石での流人同然の立場から一転、都に呼び戻された源氏の君は朱雀帝退位を受けて幼い弟君、冷泉帝の後見を任され大納言、内大臣、と順調に出世なさり今や位人臣を極めた、
太政大臣というトップエリートで向かうところ敵無し。のお立場になりました。
私はというと国司として地方で政治の経験を積み、今や摂津守兼左京大夫という中央政界で活躍する…
殿・上・人っ!てんじょーびと。なのであります。
えっへん!おっほん!なのであります。
いやあ、やはり手っ取り早く出世する手段ってのは古今東西を問わず政界の大物に引き立てて貰うことなんですねえ。
わっはっはっはっ!
しかし今私は源氏の君に急に呼び出されてその理由におったまげています。
「あ、あのう確かに五節の舞姫というのは良家の子女から選抜される名誉な役目ですが」
と言葉を切り、
「しかしどうしても私の娘を出さなきゃならないものでしょうか?」
とここで上目遣いに不本意な顔をする。若い頃の私ならこの愛くるしい仕草で主を黙らせたのですが今はお互いいい年をしたおっさん。
私の可愛さはあざとさの裏返し。
ととうに見抜いている主は
「うん、でもこれは命令だからね」
とろうたけた美しいお顔に上品な微笑みをうかべました。
主がこのお顔をなさったらもう何があっても動かない事を熟知している私は受諾するしかありません。
説明しましょう。
五節の舞姫とは
大嘗祭や新嘗祭に行われる豊明節会で、大歌所の別当の指示の下、大歌所の人が歌う大歌に合わせて、4 、5人の舞姫によって舞われる唯一の女人舞楽。
貴族家の美少女たちが帝の御前で舞を披露する機会でもありその昔、舞姫の一人が帝のお心を射止め皇后にまで上り詰めた前例もある…
いわゆるセレブミスコンなのです。
「私の側室の花散里がね、
『舞姫さまの衣装から側付きの女の童たちまでの衣装全部一手に引き受けますっ!任せてください!』
と随分張り切って既に作り始めているんだ。明日から娘さんにも舞の稽古に宮中に通って貰うからね」
いやあ、楽しみだね~。と呑気に微笑む主の前で表向きは「ありがたきしあわせ」と棒読みする私。
あれ?ミスコン出場なのになんでそんなに嬉しくないの?と読者の皆さんはお思いでしょう。
実は五節の舞姫に選ばれた娘たちはそのまま宮中にお仕えするしきたりになっておりまして見ようによっては新人女性官僚に抜擢されるチャンスなのです。が…
私が知っている宮中女官というのは宮中に出仕する貴族の男ほとんどをつまみ食いしている大輔の命婦や、
50過ぎても若作りの色好みで以前は孫くらい年下の源氏の君と頭の中将(今は内大臣)と同時に付き合ってた恐るべき熟女、源内侍などそれはそれは色の達人ばっかりなのですからっ!
当時の宮中女官は嫁がなくても働いて食べていける高収入なので恋愛の主導権は自分。
選び放題好き放題で貴族の男たちを掌で転がせる立場だったのです。
決して男が付かないよう大事に大事に娘を育てた僕の気持ち解りますよね!?
宿直の貴族の男たちの手が娘の肌をまさぐる。なんて事を想像するだけで…
いやだあああっ!!
ゲシュタルト崩壊しそうになった失礼をお許しください。それだけ娘が可愛いのです。
さて本番の新嘗祭。帝の御前で華やかに着飾った少女たちが舞う中でわが娘も立派に大役を果たしました。
「例年通り舞姫たちは美人揃いだけれどさ、今年はとりわけ大納言の娘さんと惟光朝臣の娘さんが可愛かったよね~」
「大納言の娘さんの現代的で華やかな容姿もいいけど、それに増して惟光朝臣の娘さんにはゆったりとした気品があって、いい…」
と少女たちの舞を覗き見していた高貴な身分のおっさん達から思った以上の高評価を受けた娘よ、父は誇らしいぞ!
あれだけミスコン出場を嫌がってた癖に親ってとことん勝手なものです。
結果、娘は欠員があった尚侍として宮中にお仕えする事が決まり、出仕の準備で家中慌ただしくしていた頃にそれは起こりました。
もうじき就職の娘に何かアドバイスしてやろう、と娘の部屋に入った時、私は見てしまったのです。
娘が手に取っているのは緑色の薄様の美しい紙。それを兄弟と一緒に覗き込んでいるのを。十中八九男からの文に違いありません。
私は瞬間的にぶちギレました。
「こらっ!まだ青臭いガキの癖に男からの文使いをするなんてませた倅だ。あれほど姉に男を近づけるなって言っただろーがあっ!!!」
まるで雷が落ちたような父の怒りっぷりに飛び上がってそのまま逃げ出そうとする息子を捕まえ、尚も叱り飛ばそうとする私に娘は落ち着いた態度で、
「でもお父様、弟が断れないお相手だったのですよ」
と送られた文をそのまま見せてくれました。
将来性のある美しい字といい浮わついた貴族の若様とは違う教養のある文面といい、これはまさしく夕霧の若様から届けられたラブレターではないですか!
夕霧の若様は源氏の君の跡取り息子で今年12才の大学寮の学生。
本来ならば元服の時四位で殿上人デビューなさるのが当たり前なのですがお父上の「浮わついた遊び人ではなく実のある男に育てたい」という望みで六位という低い位で元服させられ、官吏登用試験に向けて猛勉強中の若様です。
そっか…初恋の従姉妹(雲居の雁)との仲が相手のお父上の内大臣にバレて引き離されてしまって失意の中でうちの娘を垣間見てしまったのか。
この時、私の中にとある未来予想図が閃いたのです。
「夕霧の若様は好いた女人を絶対にお見捨てにならない生真面目な方、縁付いたら一生お前を大事にして下さるに違いない…娘よ、でかした。
宮仕えしながらでもいいからお前は夕霧さまの側室になるのだ!」
日頃子供達の男女交際に厳格な父親の手のひらを返したような態度に娘も息子も
なに?このオヤジと呆れ、無言でその場を立ち去りました。
さらに妻と二人きりになった時に
「夕霧さまが後々大臣にまで出世なさってあの子が生んだ娘が後々入内、って事になって皇子でも生んだりしたら私は天皇のひいおじいちゃん…うははは、明石の入道みたいなラッキーガイになっちゃったりして~」
(明石の入道の孫娘は源氏に引き取られ皇太子との婚約が決まっていた時期で後に明石の中宮となる)
と娘が夕霧さまに見初められた嬉しさからつい本音ダダ漏れの野心を口走ってしまい、静かにキレた妻に
「あなた、そんなゲスな妄想をお抱きになるのは30年早いのでおよしくださいませ」
ときつく叱られてしまいました。
藤内侍となった娘は
数年後に出世なさった夕霧さまの側室となって多くの子をもうけ、源氏の親子二代のプッシュを受けて私も最終的に従三位公卿となったのです。
ヨイショと忠誠と強運で成り上がった藤原惟光の物語、これでおしまいと致します。
インタビューを終えた作者
「…」
惟光
「な、なんですか?その苦虫を噛み潰したような顔は」
作者
「いや、最初は健気で可愛かった若者が最終的には野心モリモリの政治家のおっさんに仕上がってしまったな。という歳月の残酷さを噛み締めているだけです」
惟光
「書いている人がそれ言っちゃ身も蓋も無いですってば!ほら、光の使者たる私の波乱万丈ありのサクセスストーリーのタイトル決まりましたか?」
作者
「あなたの話を全部聞いていたらなんつーか…光の使者という綺麗な字面じゃなくて光のヨイショの方が生々しくて相応しいんじゃないかと、
決めた、『ヨイショの男、惟光くん物語』にします」
こたつで温もりながらウインクし、
「それな」
と上品に話をまとめたのは原作の主人公、光源氏であった。
ヨイショの男、惟光くん物語
完
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