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YCC_山便り



恩師とは呼ぶには少し違う、でもなぜか記憶にはずっと残る先生がいた。


高校3年の時だ。

僕は平々凡々かというとそうでもなく、かといって不良って訳でもなく、ちょうど平々凡々と不良の間の人間である。
だからこそ、先生達の目につき怒られる事はしばしば。

その時の担任にはよく怒られた。体育会系とも言えないしすごくおじいちゃんでもない、それでも体育会系よりはおじいちゃん寄りの先生であった。
声に特徴があり、金切り声といったらいいのだろうか。
うまく思い出せないが、とにかく特徴的な声であった。


話は変わるが、人が最後に認識出来るのは声であり、人が最初に忘れるのも声である。なんて皮肉なものだろう。


僕が野球部の時があったのだが、終電で帰る時があり、コンビニに寄るとその担任の先生がいた。
話しかけられるまで気づかなかったが、結構酔っ払っていた。
「いけみ、なんか欲しいものあるか買ってやるぞ」

なぜが僕は普通に断ってしまった。

グローブ!とか車!!とか言えていたらもっと明るい人になれてただろうか。

権力!!とか、この世の全て!!とか言えていたらもっと大きい人間になれてただろうか。
とにかくその返しはつまらなく、相手にとっても失礼でもあった。

少しその酔っ払って頬を真っ赤にしてた先生は少し寂しそうだった。


そうだ、もう一つおもいだした。

卒業間際に先生にキャッチボールをしようと言われた。
その時グローブを持って来ていなかったので卒業式にと言った。

僕は卒業式に持っていくのを忘れた。
先生に向かってまた大物になった時、帰ってくるからその時にと言い放った。


僕が大物になる前に先生はこの世から去ってしまった。


高校の友人から連絡が来て分かったのは亡くなった。
ガンで亡くなったとだけだった。


闘病生活してたとも知らぬまま遠くへ行ってしまった。
いつからガンになってたかも分からなかった。

8年前急に起こった出来事だった。


タイトルのYCC山便りってなんだって話なんだけど、
その先生と登山友達が更新していたブログである。
そのブログで久々に顔を見て、忘れかけていた声を少し思い出した。

これから大物になるから、そっちに行く時キャッチボールしてくれよな。

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