続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集07『それぞれの場所、それぞれの役目』
朝食後、めいめいに作業に戻った。リアンは相変わらず監視装置の画面に食らいつき、『ポルガノ族』の動向をつぶさに監視している。魔術補正によって、夜間でも昼間のような明るさで観察できるわけだが、やはり、昼光の中の方が鮮明な映像を得られるようで、監視作業は捗りを見せる。「ふむ、ほう、へぇ」などとごく短い感想を口にしながらも、しきりに観察結果を記録していった。カレンは魔法学の教科書を開き、召喚すべき死霊の、1体当たりの強さと召喚数の相関関係について、その最適解を探しているようだ。
アイラは、明け方皆に説明した作戦概要について、それを魔法学部長に適切に報告すべく、書類にまとめている。
そんな3人の姿をよそに、シーファは朝食の食器を片付けながら、時計と相談してお昼の段取りに取り掛かっていた。時刻はまもなく9時に差し掛かる。そろそろ、魔法学部長であるウィザードに昨晩の緊急の発見について報告をしなければならない。リアンとアイラが、記録した映像と作成した作成ん立案書面を見比べながら侃々諤々とやっている。そうこうしているうちにも時計の針はどんどんと駆けていった。
* * *
やがて、リアンとアイラはウィザードへの報告の準備が整ったようで、魔術式電算処理組織を前に、いよいよ忙しなくしている。そんな彼女たちを見て、シーファが言った。
「どうやら、報告の準備ができたようね。」
「はい、なのですよ。」
「ええ、これで先生から詳細な指示を仰ぐことができそうです。」
そう言う二人に、カレンも頷いて同意している。
「そう。それはよかったわ。じゃあ、先生への報告はあなたたちに任せるわね。」
意外なことを言うシーファ。
「どうしたのですか?あなたも同席するものとばかり思っていましたが。まもなくですから、一緒に是非。」
アイラはそう応じるも、
「ありがとう。でもちょっとやりたいことがあってね。この時期だから難しいかもしれないけれど、もし本当に私達だけで駆除作戦を遂行することになるなら、これまで以上に体力と魔力の管理が大切になるから。あなたたちの健康管理が今の私の努めだからね。それに、『苦みが原平原』の様子を直にこの目で確認もしておきたいのよ。そんなわけで、私はお昼前まで、ちょっと出かけてくるわね。」
布巾で濡れた手を拭いながら、台所のカウンター越しにシーファはそう応えた。
「そうですか。なら、是非『苦みが原平原』の様子を目視してきて欲しいです。どうも、『ポルガノ族』の一部にそちらへの移動の痕跡が見られるですよ。」
「ええ、わかったわ。どのみち平原近くに用事があるからね。じゃあ、行ってくる。あとは頼んだわよ。」
玄関付近の衣紋掛けにかけてある自分のローブを羽織りながら言うシーファ。他の3人は、視線でその姿を見送っている。やがて開閉の音がして、シーファドアの外に姿を消した。
時は、既に9時半をわずかに回りかけている。報告が遅れてもいけない。リアンは、魔術式電算処理組織を操作して、アカデミーの教授会に連絡を図った。
* * *
「おはようございます。こちらは、魔法アカデミー教授会の事務局です。」
しばらく後、応答がある。リアンは、任務内容と事情を簡単に告げ、ウィザードを呼んでくれるよう事務員に伝達した。程なくしてウィザードが通信に応答する。
「よう、お疲れさん。どうやら何かあったな?緊急事態か?」
「はい、なのです。東部『ハロウ・ヒル』に棲息する『ポルガノ族』の数は現時点でおよそ240に上り、大半が武装しています。しかも、一部にはすでに『苦みが原平原』への移動が確認されるですよ。」
リアンが、状況を説明した。
「なんだと!?それは、本当なのか?240とはまた随分多いな…。前回アイラにもらった見通しでは、多くとも150だっただろう?なんとも厄介なことになりそうだな。」
報告を受けたウィザードにも危機感が共有されたようである。
「それで、お前たちは駆除作戦を敢行するかどうか、その判断が欲しいわけだな?」
「はい、なのです。」
「わかった。現時点で、『ポルガノ族』の大集団が『苦みが原平原』に移動していないのであれば、待機継続だ。とにかく慎重に観察を続けてくれ。くれぐれも逸(はや)るなよ!」
その戒めに、3人は然(しか)と答えて見せた。
「結構。それで、無策ということはないんだろう?連合術士隊の派遣についてはこれからすぐに着手をするが、もし、独自の駆除プランがあるのなら、教えてもらいたい。」
その促しを受けて、アイラが通信を変わった。
「はい、先生。実はお店とも協力して、必要な装備と作戦立案の準備を行いました。内容については全員共有済みです。これから、作戦提案書類を転送しますから、お目通しください。ひとまずこちらはその内容に従って、必要な準備を継続しつつ待機します。」
凛とした声が、機器を介してウィザードにも届けられる。
「ご苦労。転送された作戦提案書類は今受け取った。これからすぐに中を確認して教授会、場合によっては最高評議会にかけるから、結果が出るまで待っていて欲しい。とにかくも問題は、『ポルガノ族』の大部隊が『苦みが原平原』に繰り出しているかどうかだ。そちらの方の監視はどうなっている?」
「はい、それについては先程シーファが目視での確認に出かけました。お昼前には情勢がわかると思います。」
「了解だ。とにかく今は状況が流動的だ。これまで以上に慎重に状況を監視し、大きな変動があればすぐに報告してくれ。直通アドレスを送る。こちらの都合を紀にする必要はないから、至急の内容はいつでも連絡しろ。」
そう言うと、ウィザードは直通回線アドレスを送ってよこした。
「わかりました、先生。お言いつけの通り、まずは監視に一層専念します。」
「頼んだぞ。提案された作戦については、午後には返答できるだろう。信用している。頼んだぞ!」
「はい。」
その場にいる少女たちはそう三重奏を奏でて通信を終えた。その間も初夏の陽は実に忙しなく、すでに時計は10時半を回ろうとしている。ゆっくりと、しかし着実にます蒸暑あさが、緊張をいやがおうにも高めていった。
* * *
通信後程なくして、玄関の外からシーファの声が聞こえてきた。
「ごめん。誰かいない?悪いけどここを開けてほしいのよ。」
それを受け、リアンが戸を開けた。
「おかえりなさい。どうしたですか?…!?」
彼女は、シーファが両手に重そうに抱えている物体を見て、その青い瞳を点にする。
「シーファ、それは一体何なのですか?」
そこには、あり得ないという声色が多分に乗っていた。
「ああ、これね。びっくりした?今日のお昼ごはんよ。」
「お、お、お、お昼ごはんですか!?シーファ、気は確かなのですよね?これはどう見ても食べ物ではないのですよ!」
「まあ、リアンったら、また随分じゃない。この時期にこれを探すのは大変だったんだから…。」
そう言って、満面の笑顔を見せるシーファの手には、干からびたアンデッドの素体上にしわがれた大きな傘を乗せ、下部にはタコの脚のような不気味な触手がのたくる不気味極まりない植物性の物体が握られていた。赤黒いその異形は、なんともグロテスクな様相であった。
「とにかく、ちょっと待つですよ。それは一体何なのですか!?」
リアンはすでにちょっとしたパニックだ。しかもこれからそれを食すのだと言う。
「まあまあ、リアン。ちょっと落ち着いて!」
「お、お、お、落ち着くのは、シーファの方なのですよ。」
そんな喧騒を聞きつけて、カレンとアイラも玄関にやってきた。
「なんてこと!?」
カレンは、リアンと同じ反応だが、情報通のアイラは少し違った。
「まあ、シーファ。この時期にそれを見つけるのは大変だったでしょう。」
どうやらアイラはそのグロテスクな昼食の正体を知っているようだ。
「ええ、随分骨が折れたわよ。美味しく調理してあげるから、みんなはゆっくり待っててね。とにかくお昼にしましょう。」
その言葉に、リアンとカレンは手に手をとって本気で怯えているようだ。
「あの、あの、アイラ。とりあえずこれは何なのですか?」
おそるおそる訪ねてみるカレン。それが口に入れるなど到底ありえないといった面持ちだ。
「これを見るのは初めてですか?初見だと驚くのはさもありなんですが、これは『魔法タコスッポンタケ』という特別の霊芝(れいし)で、魔力の保持と回復に抜群の薬効があるんです。秋口には比較的見つけやすいのですが、この時期には大珍品です。今の私達にとって魔力管理は最優先課題ですからね。シーファの大手柄といえそうです。」
そう言って、アイラは微笑んでいるが、正体を知ってなお、リアンとカレンの顔はひきつったままだった。
* * *
「もういい加減その顔はやめてよ、リアン。カレンも。」
そう言いながら、シーファは笑顔で台所に消えて行った。その背中を二人が言葉を失ったまま見送っている。
ほどなくして、調理された「それ」を皿に盛ってシーファが食堂に現れた。テーブルの上には、アイラが小型のコンロを用意してくれている。
先程よりはいくぶんか食べ物らしい様相を呈するようにはなってはいたが、しかし、全体としてそのグロテスクさは健在で、リアンの目はいよいよ泳いでいる。
「こ、これを食べるのですか…。」
「ばかね、生で食べたって美味しくないわよ。こうするの…。」
そう言うと、シーファはその不気味な切り身を整然と串に差し、アイラの用意してくれた卓上コンロにくべた。やがて、その外観からは俄(にわか)には想像しがたい香ばしい香りが漂い出る。塩胡椒を施し、味を整えていくシーファ。遂にその一串が、リアンとカレンに差し出されることになった。
リアンは目を潜め、身体をのけぞるようにして拒否反応を示すが、シーファは笑顔のままなおそれをぐいと差す。
「大丈夫よ。美味しいから。それに、今日までずっと監視任務で魔力を使い続けてきたあなたには必要なものなの。薬だと思って。」
とうとう観念して串を受け取るリアン。赤黒く焼けた震える異形の的を、美しい唇が思い切って食んだ。
「!?びっくりです。存外、普通にキノコなのですよ!」
思わぬ驚きの声が上がった。
「でしょ?とにかく、魔力回復には抜群の効果があるからしっかり食べて。」
その勧めに従って、カレンも恐る恐る手を伸ばした。特段旨いということこそなかったが、風味はいわゆる焼きキノコで、しめじや揚げた舞茸のような、芳醇な香りが口内に広がり、見てくれとは裏腹に充分に食べられる代物であった。また、シーファが力説するその魔力回復薬効は確かなようで、食す4人の少女たちの身体を、あたたかい魔法光がほんのりと取り巻いていった。
* * *
「で、どうなった?」
ウィザードへの連絡経緯を問うシーファ。
「ええ、ひとまずは監視を強化して待機ということになっています。鍵は『苦みが原平原』の状況ですが、あなたの方でなにか収穫はありましたか?」
アイラが応じた。
「ええ。実は、事態は思ったより深刻のようね…。正直、相当にまずい状況だと言って過言じゃないわ。」
眉を潜ませてシーファが言葉を紡ぐ。
「だからこそ、これを必死に探してたのよ。」
「というと?」
「今朝時点ですでに相当な数の武装した『ポルガノ族』が『苦みが原平原』の東端に集結しているわ。目視でも充分に確認できるほどにね。」
そう言うと、シーファは緊張の面持ちで1枚の魔術記録を差し出した。そこには確かに数十を下らない数の『ポルガノ族』が写し出されている。それぞれが革製または金属製の防具を身にまとい、手には物々しい凶器が握っていた。既に軍隊組織の先遣隊といった面持ちだ。
「そうですか…。よくわかりました。これは、改めて先生に連絡を取らないといけませんね。連合術士隊の派遣が間に合うと良いですが、最悪の事態を覚悟する必要はありそうです。」
アイラのその言葉はもっともだった。リアンとカレンも、かの異形を胃の腑に送りながら、頷いて応えている。
「とにかく、昼食が終わったら、再度先生と連絡をとりましょう。」
アイラの促しが、その後の予定を決める。
初夏の日はいささか緩慢に天上をめぐっていた。陽は西に傾斜しかかっている。皿を彩っていたかの『魔法タコスッポンタケ』は、少女たちの魔力に姿を変えながら、食卓からその姿を消しつつあった。
to be continued.
続・愛で紡ぐ現代架空魔術目録 第1集07『それぞれの場所、それぞれの役目』完