阿久根を旅するインターンシップ#2
はじめに
鹿児島大学のインターンシッププログラム「課題解決型インターンシップ」の受入企業として、2023年8月24日~9月2日までの10日間にわたってインターンシップを実施しました。
テーマは「阿久根を旅する取材インターンシップ」。
創業1939年の老舗塩干加工業を主とする弊社、下園薩男商店は、阿久根で水揚げされたウルメイワシを加工した「丸干し」をAEONやスーパー向けに販売しています。
私たちは「今あるコトにひと手間加え、それを誇り楽しみ、人生を豊かにする」という理念のもと事業を展開し、自社製品の製造工場、ショップ・カフェ、宿泊施設を併設するイワシビルや山猫瓶詰研究所を運営しています。
今、資源をどのように「言語化」するかが課題になっている阿久根を、学生目線で取材し、記事を書いてもらいました。
参加してくれた鹿児島大学生の4名のそれぞれの視点から書かれた阿久根、そして私たち下園薩男商店の様子をお楽しみください。
今回は第2弾です。
第一弾はこちら。
初めまして阿久根
8月24日、インターンシップ初日の朝、市電に乗りながら、川内駅行きの電車に乗りながら、私はかなりの緊張状態にあった。初めてのインターンシップ、ほとんど初対面の友達、なによりも「初めて足を踏み入れる土地」で十日間も生活するということに対しての不安が大きかった。というのも、私は自分の行ったことの無い土地やなじみのない場所に身を置くと、大抵の場合、なんだか受け容れられていないような気がしてならなくなるのだ。(土地側にそんな意思はないだろうから私側のとんだ被害妄想であるのだが…)
そのために、大変な緊張状態の中、迎えの車に乗り込み、阿久根市に足を踏み入れた。しかし、阿久根に来てみて最初に抱いた感情は「懐かしい」というものであった。
高校生のとき、大学受験のために学校でも家でも机にばかり向かっていて、息抜きの仕方も分からなかった私を、母が時々車の助手席に乗せて、連れ出してくれた。そのドライブのコースのうちのひとつが、宮崎の青島の海沿いを通るものであった。(言い遅れたが、筆者は宮崎県出身である。)
その景色と阿久根の海沿いの景色がなんだか似ていて、初めて来たはずの阿久根に、馴染み深いような、懐かしいような気持ちを抱いたのである。
そのおかげか、不安も緊張も払拭され、それどころか私にしては珍しく、知らない土地なのにも関わらず、自分がこの土地に上手く溶け込めそうな気さえしてきた。
こうして、私にとって阿久根が「知らない土地」から「親しみたい土地」へと早変わりしたのである。
海と阿久根
こうして、私が馴染み深いように感じた阿久根の海。インターンシップの十日間を阿久根で過ごす中で、阿久根にとって「海」とは非常に大きな存在であるように感じた。
阿久根大島や道の駅阿久根から見える海といった観光地的な要素としてもそうであるし、今回のインターンシップで触れたイワシだって海からの産物である。
まちをぶらぶらと歩けば、すぐに海が見えてくるし、鮮魚店や釣具店その他にもそこかしこに海の存在を感じ取ることが出来る。
そのような海と共にある阿久根であるからか、土地もひともまちも海のように寛大で穏やかな雰囲気がある。そうであるから、私もなじみやすいような気がするのかもしれない。
イワシと親しむ
海の話題も出たことであるし、ここでまず「イワシ」については触れておかなくてはならないと思う。
下園薩男商店にインターンシップに行くと決まり、「イワシの丸干し」を生産しているということは頭に入れていた。しかし、そこにどんなストーリーがあるのかまでは考えが及んでいなかった。
そもそも、これまで水産業や水産加工業に触れる機会もなかったように思う。私は、一番好きな食べ物はエビだとか、最後の晩餐にはカレイの煮つけが食べたいなどと言っておきながら、それらが自分の口に入るまでの過程について考えたこともなかったのだ。
このインターンシップを通じて、イワシが水揚げされて、市場で入札され、工場まで運ばれて、目抜き作業・乾燥が行われて、最終的に商品として店頭に並ぶまでの一連の流れを体験した。一言で感想を言うならば、「こんなにも自分の知らない世界があったのか」。
漁のノウハウから競りの方法、目抜きのやり方やイワシの選別の仕方、そしてそれらの仕事に関わるひとびとの思い…たった数日、ほんの一部分に触れただけでも、初めて知ることだらけであった。
阿久根の海でとれる「イワシ」、まさに「今あるコト」に、関わる全ての人々が「一手間」ずつ加えて、それぞれの仕事に「誇り」をもって作られてる。私も少しだけその流れにお邪魔させてもらうことで、そういったことを肌で感じることが出来た。
余談にはなるが、湯田工場でイワシの選別と目抜きの作業を体験してからというもの、イワシビルの壁に描かれたイワシのイラストだとか、ショップに置かれたイワシのグッズを見ては、「これはウルメイワシだろうか、マイワシだろうか…」と考えるようになった。イワシに憑りつかれかけているとでも言っておこうか。憑りつかれたついでに、これからイワシを食べるときは、何イワシか考えてから口に運ぶようにしたいと思う。
珈琲との出会い
このインターンシップが始まってから、珈琲と出会うことが多かった。案内をしてもらった、道の駅阿久根のコーヒースタンド、港町珈琲焙煎所、ともまち珈琲、他にもまちを歩くとコーヒーショップやカフェにいくつか出会った。
阿久根で出会うコーヒーショップはどこも落ち着いた雰囲気で、心地良い時間を過ごせるところばかりであった。
私もコーヒーショップやカフェに行くことは好きなのだが、なにせ中心部にあるコーヒーショップやカフェは人が多すぎたり、きらきらオシャレ女子がたくさん居たりするものだから、私のような喧噪が苦手な人間には少々出向くのに勇気がいる場所だと感じるのだ。
そうであるから、その地域に住むひとも、私たちのように外から来たひとも、安心して落ち着いた時間を過ごせるアットホームな場所は非常に貴重である。
この「珈琲との出会い」の中でも、ともまち珈琲での一場面は非常に印象深い。地域のひとや常連さん、若いひとからお年寄りまで、次から次へと訪れて、皆で珈琲を飲んでわいわいと話をして帰って行くのだ。
ここでは、珈琲というひとつの媒体が、人と人とを繋いでいる。そして、そこで繋がった縁がまたどこかで、新しい縁を生んでいる。そうして、その縁の延長線上に阿久根というまちが形作られているのだろう。
ここでひとつ思い出したことがある。私の両親はお酒が好きで、昔から海外の居酒屋に憧れていた。その地域に住む人たちが集まってわいわい言いながら、お酒を飲むような開放的な店をテレビで見るたびに、将来はこういうところをめぐりたい。なんなら、こういう店をしてみたいと昔からよく言っていたのだが、私にはその魅力がいまいちよく分からなかった。(まだお酒も飲めない歳なのでそういう部分がとっつきにくかったのかもしれない)
しかし、ともまち珈琲で、ひとびとが店に集まって談笑する姿を見て、自分もその空間の一員となったことで、両親が言わんとしていたことがなんとなくだが、理解できたような気がする。珈琲とお酒という媒体は違えども、それがひとを繋げて、幸せをもたらしていることには変わりない。
自分の好きなもの、やりたいことが紡ぐ縁の中で、自分も他者からエネルギーをもらうことができるし、相手にもまたエネルギーを与えることができる。そういう縁もまちづくりのうちのひとつになっているのだろうと感じた。
あくね、ひと、まちおこし
今年の七月にちょうど、大学の韓国語の前期試験のために「十年後の私」について考えたところである。「나는 고향인 미야자키에서 미야자키를 활성화시키는 일을 하고 싶다.(私は地元宮崎で地域活性化をする仕事をしたい。)」と、いかにもそれらしく書いて発表したのだが、自分がしたいと言っている地域活性化・まちおこしとは何ぞや。そんなことは恥ずかしながらほとんど考えていなかった。
まちおこしなどと聞くと、大変革を起こさなくてはならないような、たいそうな事を成し遂げなくてはならないようなイメージは持っていたので、実際に阿久根でまちおこしをしている方々にお話を聞くということで、多少身構えていた。
しかし、実際にお話を聞いてみて、ほとんどの方の口から出てきた言葉は「まちおこしをしようと意気込んで、しているわけではない。」というものだった。
自分の好きなこと、やりたいことのその先が、まちおこしにつながっていた。そのため、「まちおこし」という1つのことばを使っているものの、ひとそれぞれその意味やそこから見出す価値は異なるし、そもそも「まちおこし」と呼ぶのが相応しいのかという話でもあると。
そんな話を聞く中で、私の持っている「まちおこし」観とはなんだろうかとふと考えた。今の段階で、私の中にあるのは「地元の空気感だとか雰囲気が好きだから、そこで仕事がしたい。」という思いだけである。傍から見れば、単純で向上心もないような理由に見えるかも知れないが、「まちおこし」にそれぞれの価値観があるのだとすれば、私が地元に戻る、それだけでもまちおこしの一端を担っていると言ってもいいのかもしれない。
そこからもっと、自分の「まちおこし」観を発展させていければと思う。
そして、「ひと」の数だけ価値観やまちに対する思いがある。何かしようとアクションを起こす時のサポーターを増やすため、日頃からひととの関係性を構築しておくことも重要であるという話もほとんど全ての場面で登場した。
確かに、まちづくりに限らず、例えば、学校でグループワークをする時でも、お互いをよく知っている間柄だと、仕事を頼みやすいし頼まれやすい。しかし、お互いをよく知らないと、仕事を頼みにくいし頼まれにくいし、上手く事が運ばないことが多い。
ましてや、まちおこし・まちづくりの場合は、変化の対象が自分の住むまちなのだから、ひと同士の関係性の構築は必要不可欠である。
そして、その関係性を築く過程すらもまちおこしの輪の一部になっているのだと思う。
私の阿久根を旅するインターンシップ
ここまでインターンシップでの出来事を振り返ってみたが、実は今回のインターンシップでドキリ(ぎくりの方が適切かもしれない)とする場面が多かったのだ。
私は今、大学で、自分たちでさつまいもを育てて大学祭で焼き芋を販売しようという授業(プロジェクト?)に参加しているのだが、そこでお世話になっている先生に再三言われてきたことと、重なる話が非常に多かったからである。
具体的にはワードとしては、リソースフルネス・偶然の活用・現場主義…とかなのだが、ここだけの話、何度もそんな言葉を聞いていながらも、いまいちその意味を理解しかねていた。
しかし、インターンシップを通して、阿久根で働く方々にお話を聞いたり、仕事を体験させて頂いて、なんとなく今ならその意味を掴めそうだという気持ちになっている。
特にリソースフルネスなんかは、今あるものや能力を活用せよという意味であるから、まさしく「今あるコトに一手間加え、」という考えと同じなのではないだろうか。
私は、幼い頃から、他人とは違う「自分」を持ちたいという思いが人一倍強かった。そのくせして、ひねくれた頑固な人間でもあるから、それをひとから倣ったり、自分のもてる力を応用したりとかせずに、他人と違う「自分」は1から形成するものだと考えていた。
他人にないものを持つということは、今この世に存在しないなんらかのアイデンティティを1から形成する。もしくは、何かの分野で他を寄せ付けないくらいに突出する必要がある。この二択だと考えていたのである。
しかしながら、様々な考えを与えられた今、何も1からアイデンティティをつくるなんてことはしなくて良いのだという風に思える。自分の今持てるもの・能力・好きなことを掛け合わせることでも自分にしかないモノをつくることができる。
私は、書いたり描いたりすることが好きだし、それが自分の得意分野でもあると考えてきたから、少々その能力に固執し過ぎていた。でも、その他にも、人に引かれる程動物が好きだとか、アイドルを応援するのが好きだとか、よく空想をするとか…
そういうのもひっくるめて掛け合わせたり、別の角度から見てみたり、何よりそんな自分自身を楽しんだりすることで「自分」が出来ていくのではないかと思う。
これが今回のインターンシップを通して、「今あるコトに一手間加え、それを誇り楽しみ、人生を豊かにする」という下園薩男商店の理念が私に与えてくれた考えである。
思えば、まちだとかひととの繋がりという意味でも自分は実は恵まれた環境にあったのではないか…。猫探しの散歩に出たら猫の飼い主さんと仲良くなって帰って来たり、父が話を持って来て宮崎の日向のひょっとこ祭りに参加することになったり、祖父母の農作業を手伝いに行って近所のお年寄りと話してみたり…
そのときには、まちだとかひとだとかそんな存在には目を向けていなかったけれど、実は、いつのまにかまちづくりとかひととの繋がりとかの一片を握っていたのかもしれない。
自分の持っている性質・ひととの繋がり・経験してきたこととか、そういうパズルのピースみたいなものを持っていながら、パズルのピースであると理解していなかった。それが、自分が今持っているのは、意味ある1つのピースであるくらいには理解できたような気がする。
そこから、パズルの遊び方に倣ってピースをつなげてみるのか、新しいピースを手に入れるのか、あるいは自分なりの遊び方を見つけるのか。
いずれにせよ、自分の今持っているモノを活かしながら、誇り楽しんで生きていけるような生き方を模索していきたいと思う。
最後に、美味しかったイワシビルの朝食を添えて。
阿久根を旅するインターンシップのほかの体験記は以下のマガジンからご覧いただけます。
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