後ろめたい、蜂蜜のカヲリ
後ろめたいことはすべきでない。
それは、家族に対しても。
今朝のこと。
私は早朝、辺りが暗い中、出勤している。
家族が寝ているうちにコソコソと準備する。
洗面所で顔を洗い、髭を剃り、髪型をセット。
最後、顔に美容液をつけるのがルーティン。
といっても、美容に拘っているわけではない。
乾燥肌で、何かつけないとぎこちない表情になってしまうから。
表情づくりの潤滑剤は、ドラッグストアで選んだコスパ重視のFor メン。
今朝もルーティンの仕上げに蓋を開けた。
しかし、なんと空。
悪い癖の発動。
使い終わったら、新しいもの。
むしろ使い終わりそうなら、事前に買う。
そんなアクションを怠った。
やれやれ。今日は、ぎこちないつっぱり顔か。
そう思った時、心の中の悪魔がささやいた。
「棚にあるよ」
棚?あぁ、妻のものか。
だめだよ、それは。
素手ではなくコットンとかを使うやつで、大雑把にパシャパシャするなんて許されない。使う順番もあるし、私のオールインワンとは訳が違う。
そもそも勝手に使うなんて、だめ、ぜったい。
しかし-
棚を眺めると、思い出が甦ってくる。
妻が美容液を出しすぎてしまった、あの日。
「もったいないから」と私はその恩恵を受けた。
エステティシャンのような手つきでマッサージされながら、塗り込まれた。
極上の時間、気持ちが良かった。
そして、自分の頬に触れてみた。
モチッ。モチモチ。
モチモチ、モチモ、プルッ!モッチン。
自分の顔とは思えぬ感触に包まれたっけ。
……。
……だけ。
今日だけ。
今日だけ、いいだろうか。
あのモチモチを、今日だけ。
あのプルルンを、今日だけ。
妻は寝ている。
私は棚へ手を伸ばした。
イケないことと知りながら。
キャップ式、スポイト式が並ぶ中、プッシュ式の美容液を選んだ。
プッシュなら、出しすぎることはないだろう。
控えめにワンプッシュ。
漂う、-カヲリ-。
手に伸ばしてみる。このオイル感、-NOUKOU-。
そして、背徳の思いで顔につけた。
すごい甘くて、滑らかで、潤った。
モチモチでもプルルンでもなく、ツルルン。
ツルルンタイプもあったんだね。
また一つ、美容の世界を覚えることは幸福感よりもさらに背徳感が増した。
鏡にうつる私の顔はテッカテカに輝いていた。
商品名にはHoneyとある。
カヲリの秘密は分かった。
あとは、どんな成分なんだろう。
ワンプッシュでこれだけ光る仕組みを、知りたい。
今度は、棚の置かれた商品を取り出してよく見てみた。
商品名の下には、答えが書いてあった。
-Deep Moist Hair Oil-
鏡をみる。
スーツに似合わないボディビルのようなテカテカ顔の男は、情けない表情で、顔から漂うはずがない香りを発していた。
後ろめたいことをすべきでない。
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