見出し画像

シュレディンガーはたぶん猫。[第10話]

第10話

 
  
 それから、数日後。

 結局、俺は片山とシュレと一緒にいる時だけ、虫の観察ができることになった。先日の人間たちのやり取りを見てシュレも奴なりに色々考えてくれたようで、虫網っぽく使えるような、バリアーみたいなものを生成してくれたのだ。

 もし虫が突然、人間側に寄ってきた場合、瞬時に展開。虫または人間を包み込み、両者を確実に隔離する――そういう機能があるものらしい。それで少しは安全性が確保できたということで、片山も渋々だが譲ってくれた。

 そして俺たちは定期的に街に繰り出して、虫取りに励む日々を開始した。捕らえた虫の観察日記も、それ用にとわざわざ新しいノートを買って、詳細につけることにする。小四からの夢を果たすためだ。

 当然、最初にシュレが捕まえた、あの始まりの虫も観察対象だ。まさしく宇宙空間でシュレが追いかけた「始祖」だとか「オリジナル」と呼ばれている奴。今この国でわいている虫は全てその「始祖」の子供や子孫、ってことになるらしい。

 今のところ判明した虫の詳細は、こんな感じだ。

 虫の名は「ラ・ルエガ」。本当は人間には正確に発音できない音らしいが、シュレの「宇宙的に正確な発音」を無理やり俺と片山の耳で聴くと、そんな感じに聞こえた。なので、俺たちは便宜的にそう呼ぶことにする。

 十対の脚と、地球産の深海の生き物と似た感じの、半透明に透けた体が特徴。普通の虫が植物の葉や花や茎に擬態するのと同じように「空気とか真空に擬態」した結果、光の働きで透明に見える、らしい。構造色、という奴だそうだ。それが人間の目にはステルス性があるように見える。

 ただ、何でか地球の生き物のうち、猫だけはその存在を容易に見破れるらしい。虫取り作業の最中、たまたま「生きている猫」がラ・ルエガにちょっかいを出している状況に遭遇したシュレが「あ、あの者、まさか、全て見えているというのか……!?殺せはしないとはいえ、あの動き、敏捷性、むむっ、これは参考になる戦い方だな……!!」などと一匹?でひげと尻尾?の先端をパチパチと弾けさせながら、少年漫画あたりでたまに出てくる「謎のバトル解説モブおじさん」みたいなノリで大興奮していた。

 まぁ、虫とか小動物とか、普通に好きだし狩って食うもんな。猫って生き物は。ただし、どんなに頑張っても素粒子体の虫を捕まえることはできないわけだが。それでも、ラ・ルエガを相手にする時の猫たちは、レーザービームの光を追いかける時くらいの楽しみは見い出せているようだった。なので、たまにノラ猫多発地域を追うとラ・ルエガが集団で隠れている場合があるし、そういう時は捕獲も楽なので、地域の猫にバイト代としておやつを支給するようにしている。

 そして素粒子が分解される時には光・磁力・電力・音波などが必ず発生するものらしく、そのせいか、ラ・ルエガはそういう「エネルギー的な力」に近寄っていく習性がある。エネルギーがある場には餌となる素粒子が豊富にある、と学習しているらしい。そのため、地球という星はラ・ルエガの視点で見ると「食えるものが何でもありそうな、かなり嬉しい星」になるらしい。主な生息地から辺境の星までわざわざ繁殖しにやってくるメリットが、虫なりに存在したようだ。

 浮かれドジ迷子の結果でうっかり遭難したシュレよりは、種としての目的意識がよっぽどしっかりしていると言える。

 有効な捕獲方法としては、スマホで「虫の捕まえ方」――もちろんこれは地球の虫のことだが――で検索して、参考にしながらシュレと相談。宇宙の虫に対応した良さげな改良型の捕獲機を考えてみたり、それを虫が好みそうな各所に設置したり。

 色々と虫の特徴が分かってくると工夫したくなるもので、捕獲機もゴキ捕まえるやつに似たものとか、落とし穴っぽいやつとか、バージョンを上げながらどんどん改良が進んでいく。

 そうしていると、案外、容易に数を捕獲できるようになってきた。地域で行方不明者のニュースも聞かないので、いい感じに駆除が進んでいるみたいだな、そうだといいよな、と俺たちは少し前向きだ。

「意外と順調じゃね?」
「だな」

 俺と片山は軽口を叩きながら連携して、虫の捕獲を進めていく。そろそろ同じ部活の仲間同士、くらいの信頼関係はお互いにできてきたかもしれない。

『お前たちも人間なりになかなかやるではないか』

 などと、シュレも嬉しそうにしている。効率もどんどん上がってきていた。最近は、シュレがその能力でレーダーみたいに地域一帯の虫を検索し、発見すると虫をおびき寄せる周波数の音、それはシュレがどことも知れない声帯らしき場所から生み出したものなのだが、その音波を仕込んだ例の黒い立方体捕獲機(ゴキをホイホイするバージョン似)を置いておびき寄せ、そのまま捕獲する、という作戦だ。何度も繰り返すことで、最近ではいい感じのチームプレイができていた。

 今日も今日とて、俺たちは街で虫取りだ。いつの間にか片山と並んで歩くことにもすっかり慣れてしまった。

 片山は真剣かつ黙々と捕獲機を仕掛けているところだ。あまり沈黙に抵抗がない質のようだが、俺は無言でいることがそんなに得意じゃない方だったりする。黙って作業だけするのも退屈なので、俺は意識して会話を仕掛けた。シュレがリアル猫を率いて虫の追い込み漁をしているさまを眺めつつ。

「なぁ、片山。急に関係ない話するけどさ」
「何だ」
「お前ってさ、もしかして、女より男の方が好きな奴?」

 唐突過ぎるのもあってこちらの意図を全く掴めなかったようで、パチパチと何度もまばたきをされる。

「どういうことだ?」
「いや、全く抵抗なく男の俺の指咥えてきてたり、毎度対消滅させる時だって、全然慣れてるっぽくて躊躇ないし。性指向っていうのか?男の方が好きな奴かと」
「いや?別にそんな縛りはないけどな。金とか利益になるなら、別にどっちでもいいし」

 その手を止めると、片山は首を振る。

「か、金?」

 露骨な単語に、俺は思わずヒッと喉を鳴らしてしまった。

「俺、親どっちもいねぇから。施設育ちなんだわ。だから金のためならわりとどんな奴とも何でもやった。老若男女、どれとやったこともあるし、勃たないわけでもないな。女相手の方が多いけど」

 再度、俺の喉から変な悲鳴が出る。そんなこと、こんな堂々と言うことじゃあない、はずだ。本来なら。

「そ、それって、まさか、援交とか、ハパ活とか、ママ活とか、そういう……?」
「そう言われると、そう。他は、家出してるガキ泊めたり」

 全く悪びれることなく肯定するので、俺はいよいよ遠い目になる。頭痛くなってきた気がするわ。

「おい、待てや……。急過ぎるだろ。こっちはそんなこと聞く心構えなんて全くできてねぇんだよ。マジかよ……」

しかもコイツ、「女の方が多い」つったな?つまり、とっくに複数の女と、ってことなんだよな?

「うう、何なんだ……お前といると、俺が今まで常識と思ってたこと、全部が根こそぎ死んでいく……」

 そしてもののついでに童貞心さえも死んでいく。こんな異質な形の男としての敗北感は味わいたくなかった……。

「俺は逆に、常識ってもんが分かって助かるな」

 片山はそんなダメージ多大な俺を見ながら、ケタケタと笑っていた。笑ってる場合か。少しは深刻そうにしろや。

「楽しそうに言ってんじゃねぇわ……」

 この一連の会話で、俺の中での片山のゲイ疑惑は霧消したわけだが、バイは確定だ。それはまだいいとして、それ以上に貞操観念と一般常識がとんでもなく欠けてる、むしろ違う意味で大変な奴だと知ることになったわけで、クソやべぇ奴に懐かれてしまった……と俺は盛大に青ざめる。

 俺だけ脳に重いダメージを抱えつつ、歩いて移動することとなった。まあそんなメンタルでも手足は動かせるので、引き続き、さらにどんどん次の捕獲機を設置していく。

「なぁ。さっきの話の続きだけど」
「あ?」

 話を蒸し返されたと思ったら、俺がしたのとほぼ同じ感じでブーメランが帰ってきた。

「お前は?男が好きな奴か?男の口に興味があるのか?滅茶苦茶、弄ってきただろ。お前。最初の、二日続けて」
「ち、ちげーよ、あれは……」

 俺はゴニョゴニョと言い訳に走った。

「二日目の朝のは、こっちは夢見悪かったのにぐうすか熟睡してるっぽかったお前への八つ当たりとか、初日のは、ただ単に俺がわけ分かんねぇもんは弄り倒して調べねぇと死ぬタイプ、ってだけだ。好きでエロいことヤりたいのは女」

 基本、男には性的な興味はない。ふわふわして細っこくて柔らかそうな女の子こそを好きだと思っているし、そういう子を毎度いいなと思ってチラ見したり、興奮したりもしている。そう、例えば、隣の席の岡田さんみたいな……。「それなのに、どうして野郎相手だと薄々気付きつつもあんなことをした?」と問われたなら、答えはその辺りになる。

「女の子はすぐ壊れそうだから……俺が興味本位で手出ししちゃいけねぇ生き物だろ……」

 逆にあからさまにその唇が女子のものだと悟ってしまっていたら、きっと俺はかえって何もできなかったはずだ。

 蝉と女の子をダブらせていると言うと、世界中の女子に怒られそうな話だが、実際、俺の脳内は毎回可愛い女の子を思うと同時に、死んだ蝉について考えてしまうのだ。

「謎の怪異とか男が相手なら、どうせ壊れないと思って、好き勝手やった。もうしねぇよ」
「ふうん。そうか」

 片山はそれ以上俺に追い打ちをかけることはなく、別のことを訊いてきた。

「ところで、そっちはどうやって俺が男だって分かったんだ?俺の場合は、手の大きさや太さを自分と比べながら舌で測ったけど、口の中はそんなに男女の差ないだろ」

 あの時、いやに慎重に探られたと感じていたが、片山はそういう計測作業まで密かに遂行していたらしい。

 大柄な片山と比べると「明らかに小さかったり、華奢な指や爪」という手を持つ確率が高い女子たちは、基本的に捜査対象から外れていく。だから校門前で「あえて男の手だけを狙い撃ち」することができた。ただ単にエロい行動をやっている、ということではなかったのだ。

 それでも。あの舌は、ちょっとエロかったと思う。反応してしまったことが悔しくなるくらいに。

「あんな、くっそエロい舌使いしてくる女子が、この世にそうそういてたまるかよ……!!」
「いや、いるだろ。そのくらい、普通に。なんだ、ただ当てずっぽうで正解しただけか」

 こっちは段々と話題の中身が恥ずかしくなってきているのに、片山は相も変わらず、その表情を変えなかった。これが男としての経験値の差、ってやつなんだろうか。

「……もしかして、お前、まだ童貞?女に夢見てる系か?」

 ついに指摘されてしまい、耐え切れずにカッとなってしまった。声が上ずる。

「う、うるせぇ……!!悪かったな、お前と違って、童貞で!!」

 喧嘩売ってんのか、と俺は臨戦態勢になりかけた。しかし。

「ただ童貞捨てたいだけなら、紹介できる女いるけど?」
「はっ……?」
「あー、じゃあ、今度あっちの予定、聞いとくわ」

 思わぬ提案をされてしまい、文句はどこかに消え失せてしまった。応えられないでいるうちに「頼んでしまった形」にされていて、俺の脳みそはオーバーヒート直前だ。

「へあっ?何言ってんだ、そ、そんな、美味い話があるわけねぇし……!!」

 美味い話過ぎて、全く信用できない。なので、俺は片山なりのからかい混じりの不謹慎ジョークだと思い込む。

 くっそ、童貞だと思って好き勝手からかいやがって……!!

 もう口きいてやんねーぞ、片山ぁ!!とか、小学生みたいな悪態をつきながら、木陰や茂みに捕獲機を隠し続ける。
すると、思い出したかのように片山が言ってきた。



[つづく]

※他の話数はこちらから↓


第1話 / 第2話 / 第3話 / 第4話 / 第5話 / 第6話 / 第7話 / 第8話 / 第9話 / 第10 話 / 第11話 / 第12話 / 第13話 / 第14話 / 第15話 / 第16話 / 第17話 / 第18話 / 第19話 / 第20話 / 第21話 / 第22話 第23話 第24話 第25話 / …

お読み頂きありがとうございました。よろしければスキお読み頂きありがとうございました。よろしければスキ・コメントなど頂けると嬉しいです!

作者・鰯野つみれのNOTEのサイトマップは以下↓となります。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

まずサポートについて考えて頂けただけで嬉しいです、頂いたサポートは活動費として使わせて頂きます!