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5分短編【小さな島での出会い】

3500字程度の短編になります。
今回は夏と海の恋愛モノになります。
お時間がある時にお読みいただけますと嬉しいです。
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【小さな島での出会い】

僕は大手企業で働くサラリーマンだ。
半年前に赴任先として
本州からこの離島にやってきた。

この島に営業所があって、
1年間の予定でこの島にやってきた。
住み始めて3ヶ月目になる。

海は綺麗で食べ物も新鮮でどれも美味い。
地元の人ものんびりしていて優しい人ばかりで、
この島に赴任してよかったと思っている。

休みの日は小型ボートに荷物を積み、
誰もいない小島の小さな砂浜へ
上陸して一日を過ごすのが好きだった。

そこで釣りをしたり、
のんびり景色を眺めたり
悠々自適な休日を過ごすのだ。

今日見つけた島は初上陸だった。
車を停めてボートで5分程度。
砂浜は小さく、程よい木陰もあった。
誰にも邪魔されない素敵な場所である。

休日の静かな時間が流れた。
釣り初めて30分経過するが、
今日はまだ釣れていない。

するとそのとき――
心地のいい風が海から吹いた。
風は香りのいいものだった。

何だか不思議な心地がした。
ふと何かに惹かれるように、
海の向こうを見てみる。

「あれ?」その光景に目を疑った。
僕は幻覚なんて見るタイプではない。
視力はいい方だ。

海の上に小さな舟が浮かび、
そこに女性らしき姿が立っているのが見えた。
しかも、白い水着を着ている。

やがてその舟はこっちへ向かってきた。
ちょっと待ってくれ。徐々に焦ってきた。
動揺して釣りどころではなかった。

彼女は僕がいる島へ向かっている。
逃げ場を失った僕は一歩も動けず、
その光景を見届けることしかできなかった。

やがて彼女は僕のいる砂浜へ上陸した。
しばし彼女は僕を見ながら
何も言わず、仁王立ちしている。

「あの…何でしょうか?」
と根負けしたように
僕から先に声をかけた。

しばし僕の様子を確認したあと、
無表情の彼女の第一声は、
「舟に乗って」

その顔つきや肌の様子を見る限り
彼女は若々しくて、冷静だった。
20代の半ばあたりと見た。

肩までの長さの黒髪がなびく。
陽にあたりつつも肌艶は白くて、
麗しく透き通っていて健康的だった。

きっと今後の人生で
こんな綺麗な女が現れる機会は
滅多に、いや絶対ないはずだ。

「はい……わかりました」
と僕は彼女にしたがって舟に乗った。
舟は僕のいた小島から離れていく。
「あなたも漕いで」

僕はもう一本のオールを
手に取って後ろから漕いだ。
前で漕ぐ彼女を黙って後ろから見ていた。

力を入れるたびに
彼女の腕と背中全体に
健気な筋肉が浮き出る。

漕ぎなれた筋肉のように見えた。
その筋肉の虜になって見惚れてしまう。

すると彼女は立ち上がって前を見た。
白い臀部が思いきり僕の顔の正面に君臨しすると
思わず動揺してしまう。

何もない美しい背中に、
コンパクトな尻と素敵な太もも。
肩幅の広さもあって彼女の後ろ姿が
とてもたくましく見えた。

きっと彼女は僕の視線をわかっているはず。
だが、たいして気にしてないようだ。

しばらくして彼女はこっち向きに座った。
僕はさらに動揺してしまう。
なるべく胸元を見ないように努めた。

「初めてあの島に来たでしょ?」
「あ、はい…」
彼女はしばし僕の顔を見ていた。
僕は恥ずかしくて、目を逸らしてしまう。

「お願いがあるの―」
「何でしょうか?」
「これからも会いに来てほしい。
月に1回か2回でもいいから」

「どうして?」
彼女は僕の質問にすぐには答えなかった。
そしてしばらくして搾り出すように答えた。

「海は好きだけど、寂しいのよ…」
このタイミングでようやく彼女は
恥ずかしそうな表情を垣間見せた。

「僕でよければ、いいよ—」
「ありがとう」と微笑んで答えてくれた。
笑ったときに浮かぶ笑窪が印象的だった。

その日は一時間程度、ふたり海の上を
小舟で漂ったあと、あの島で降ろしてもらった。
「じゃあ約束よ」
その言葉に僕はうなずいて返した。

そして彼女は舟で去っていった。
穏やかな波の上をどんどん進んで
あっという間に島と島の間に
消えていなくなった。 

それから次の週、
僕は同じ島で待っていると、
彼女がやってきた。

今日の彼女は青い水着姿だった。
そして僕らは先週と同じように
小舟に乗って静かな時間を過ごした。

「好きな人はいないの?」
と彼女はたずねた。
「…いないよ」と僕は正直に答えた。

「恋人もいないの?」
「ああ。いないよ」
「寂しいと思うことある?」
「たまにあるけど釣りして紛らすんだ」

彼女は僕の方を見つめていた。
僕の何かを探るような視線だった。
「あなたのことで一つわかることがあるわ」
「わかること?なに?」

そして彼女は真剣な表情で言った。
「あなた、恋愛未経験でしょ?」
「えっ?あ、その…」と僕は動揺してしまう。

「正直に言って。どうなの?」
「まあ、そんなところだけど…」
二十代の前半だが、
未経験であることに焦りはあった。

「やっぱりね」
と彼女は安心したような表情を浮かべていた。

口には出せなかったが、
彼女だって未経験のような気がした。
彼女は僕と同じくらいの年頃のはず。

初めて出会ったときから
堂々としたたくましさの中に、
どことなくうぶな雰囲気を感じ取っていた。

そんな疑いの視線を送ってしまうと、
「何よ?」と彼女が拗ねた声で言った。
「いいや、何も……」

きっと僕が何を思っていたのか、
彼女はわかったと思う。

人の少ない離島に、こんな若くて
綺麗な女性がいるとは思わなかった。
彼女に出会えて僕は幸せだった。
そんなことを思いつつ過ごした。

すると彼女は「さあ戻るわよ」と言った。
先週より早い時間に戻ることになったので
ちょっと物足りない気持ちもあった。

島へ戻るまでの間、彼女は何も話さなかった。
もしかしたら彼女を怒らせたのかと、
心配になった。

やがて島へ戻って、
さよならと言おうとしたそのときだった。
彼女は僕を砂の上に倒して、
僕の上に乗っかってきたのだ——。

一瞬、何が起きたのかわからなかった。
彼女は何も言わず、そのままキスしてきた。

何が何だかよくわからず、
僕は抵抗できず彼女をそのまま受け入れた。
胸の鼓動が急に高鳴っていく。

全てが初めてのことだった——。
 

それから次の週もその次も、
僕はいつもの小島にやってきて
彼女との逢瀬を重ねていった。
 

出会ってから3ヶ月経過したある日。
僕は彼女に悲しい知らせを
伝えねばならなくなった。

偶然だろうが、
今日の僕の気持ちに沿ったかのように、
黒い水着を着てきた。

「今日は何だか元気がないわね」
彼女は僕の様子を察知するのが早かった。

「実は…来週から急きょ転勤になって、
この島を離れることになったんだ
だから今日で君とは、最後に…」

「今までのような頻度ではなく、
ときどきでいいのよ。
会いに来るのは無理なの?」
と彼女は尋ねたが、

「海外へ行くことになって
赴任中は戻れないんだ」
この事実が僕自身にも重くのしかかる。

「いつ戻るの?」
「いつになるか、わからない。
半年かもしれないし、1年、2年、いや…」

そのとき彼女は悲しんだり
怒っていたりではなく、
穏やかな表情で受け止めていた。

でも、その表情の奥で、
ぐっと何かを堪えているようにも見えた。

「私のことは大丈夫よ。
お仕事がんばってきて」
その声は明るかったが、
寂しそうにも聞こえた。

「ありがとう」と答えた僕は、
彼女の手を握った。
彼女もしっかり握り返してくれた。
「今日までのこと、忘れさせないでね」

いつまでも飽きることはなく、僕らは互いを求め合った。

このまま時が止まってほしいと願った。
だが、太陽は少しずつ西へ落ちていく。
 
夕日に染まり始める海の上を
小舟で進む彼女の背中は
いつも通りたくましくあったが、
今日だけはどこか寂しそうでもあった。

前を向く彼女はどんな表情を
浮かべているのだろうか。
彼女は一度もこっちを振り返ってくれなかった。

まさか涙を流しているわけでもあるまい。
むしろいつも通りの表情を
浮かべてくれていた方がいいかもしれない。

夕日の中を進む、彼女の後ろ姿が
見えなくなるまで見届けていた。
いま僕が目にする全てが美しかった。
 

 
1年後——

海外勤務を終え日本へ戻ってきた僕は、
真っ先に昔の赴任先の離島の
例の島へ向かった。

何ひとつ変わっていない。
浜辺の形、雲の流れ、潮の匂い、波の音。
穏やかな海の様子も。全てが懐かしかった。

だけど、懐かしさのピースは
一つだけ欠けたまま。

ゆっくり時は流れていくが、
彼女は現れなかった。
もう来ないかもしれない。

諦めかけたそのとき、
遠くに見覚えのある光景が見えた。

その光景が幻でないことを願った。

僕はつい、涙が出てきてしまう—。

嬉しい涙か、悲しい涙か、
自分でもよくわからなかった——。


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