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ケースフォーミュレーション力を鍛える「連想テキスト法」とは?——『実践 力動フォーミュレーション』「はじめに」を全文公開します!

SNSで本書発売を公表後、多くの反響をいただいた、妙木浩之=監修/小林陵・東啓悟=編著『実践 力動フォーミュレーション——事例から学ぶ連想テキスト法』。

話題になっているのは知ってるけど、具体的にどんな本かどんな内容かよくわからないという方へ。買ったはいいが、まあまあなぶ厚さで早速、積ん読状態になっている方へ。
本記事では、「はじめに」をどどーんと5ページ分、全公開いたします! 

フォーミュレーションを形成するうえでの誰でも取り組める具体的な訓練法「連想テキスト法」の解説・実践書。
心理職をめざす大学生や大学院生、臨床をはじめたばかりの初学者もベテランも、すべての心理職に向けた監修者、編者、執筆者の自信作です。
タイトルどおり「実践」に導くための本書。導入部分だけでも、ぜひぜひお読みください!


はじめに

 本書は連想テキスト法による力動フォーミュレーションという方法論について概説している。本書のメインテーマとなる「連想テキスト法」については本文にて後述するが,力動フォーミュレーションという方法は以前に比べるとその知名度や理解は多くの臨床家にも共有されてきているように思う。力動フォーミュレーションの詳しい説明については本書を監修する妙木浩之氏の『初回面接入門:心理力動フォーミュレーション』(岩崎学術出版社, 2010)をぜひ参照していただきたいが,編者なりにそれを大雑把に説明すると,患者・クライエントの生育史や病歴,来談経緯,家族関係などから患者・クライエントの現在の状況,困っていることに関する暫定的な仮説を立てることである。場合によってはそうして治療者が立てた仮説を患者・クライエントと共有し話し合うことで,患者・クライエントと共同でフォーミュレーションを構成していくところまで含むこともあるだろう。またフォーミュレーションとは暫定的であるため, 治療の進度などによって常に更新されていくものでもある。

 編者自身の個人的な観点となるが,フォーミュレーションとは一つのナラティブのようになっていることが望ましいと思う。つまり治療者の中で,患者・クライエントが今に至るまでにどのように生きてきたか,そして今ここで治療・支援の場面に訪れたことは患者・クライエントの人生の中でどのような意味を持つことなのか,治療者と出会うことは患者・クライエントの人生にどのような意味をもたらし得るのかということが,ひとまとまりの物語のように構成されているとよいのではないかと思う。やや劇的に過ぎるかもしれないが,そうした患者・クライエントの物語を治療者が深く理解し,共感することが,患者・クライエントとの間に強固な治療同盟,根本的な信頼関係を築くことになると私は考えている。
 さて,こうしたフォーミュレーションを作るための一つの方法論がこの本のメインテーマである「連想テキスト法」である。その詳細なやり方などについては,第2章で小林陵氏が解説しているが,簡単に説明すると,臨床像・来談経緯・現病歴・生育歴・家族歴などに関する治療者・セラピストの記述から,記述されている文節ごとに細かな連想を積み重ねていくことで,治療者・セラピストやそれを連想している人が患者・クライエントについての理解を構成するという方法論である。例えば,本書の表紙にも書かれていた以下の記述は読者も何度か見ているだろう。

【事例概要】
25歳・無職・男性

 いきなりだが,この情報だけを提示されて,読者の皆さんはどんなことを連想するだろうか。まずはここで一旦読み進める手を止めて,なるべくまだ下の例を見ないで,連想や考えに身をゆだねていただきたい。



 さて,皆さんにはどんな連想が浮かんだだろうか。ちなみに編者の連想は以下のようなものである。

【事例概要】
25歳・無職・男性

25歳というのは青年期中期に相当し,自立の時期。思春期に残存し
ていた課題や自立に伴う問題が生じやすい。無職ということはそう
した自立の時期において社会への参入に何らかの失敗をしたことが
示唆されているようである。男性という属性よりも先に年齢や職業
に関する記述があるということは,治療者はこれらこそが問題であ
るという意識を持っているのかもしれない。

 「25歳・無職・男性」という事例概要の記述は事例検討会などでは当たり前のように見るものだろう。しかし一方で,その一文だけの情報からこのように物事を考えてみるという方法は読者の皆さんにとっては珍しいのではないだろうか。連想テキスト法はこれを積み重ねていくユニークな試みである。その連想の中には患者・クライエントに関する連想だけではなく,その記述をしている治療者に関する連想が含まれていることもその面白さの一つだろう。
 多くの事例検討会などでは,こうした記述も含めたすべての記述を読み終えた後で,この患者・クライエントはどのような人なのかということを検討,ディスカッションすることが多い。それはいわばすべての情報を網羅したうえで,トップダウン式に見立て,フォーミュレーションを構成していくやり方といえる。それに対して連想テキスト法では,こうした連想を一文一文から積み重ねていく。こうして積み重ねられた連想から最終的に見立て,フォーミュレーションを構成してくことになるわけであるが,こうした連想テキスト法はいわばボトムアップ式のやり方なのである。
 もちろん一つひとつの文節から連想を広げるので,その連想が実は事例の実際とはまったく異なっていることも多いだろう。また個々の連想が先の連想と何ら関係していないという場合もあるだろうし,連想する人によっては事例と何も関係がないような突拍子もない連想が浮かんだりすることもあるだろう。しかしそれこそが,この方法の面白いところなのである。これは編者自身がこの方法を実践してみてよく感じることだが,こうして連想を重ねながら一文ずつ事例記述を読み進めていくと,不思議と先の連想に関連するような記述が現れたり,あるいは事実と異なっているからと棄却したはずの連想が実は意味を持つようになってきたりするのである。連想テキスト法では,こうした積み重ねを経て,最終的にそれらを一つのフォーミュレーションとしてまとめ上げていくのである。
 そしてこうした連想には当然ながらそれを連想する人──多くは治療者であるが,その人のパーソナルな思いが含まれることになる。そうして構成されたフォーミュレーションは,その臨床家自身が練り上げたパーソナルな生き生きとしたフォーミュレーションであるから,臨床家自身にもなじみやすい。そのことがより「生きた」患者・クライエントへの理解につながっていくのである。

 本書の第4章以降では実際の事例記述と連想テキストが登場するが,そこには執筆者陣の生き生きとした連想テキストが提示されている。読者の皆さんには,ぜひともそこに生きた,パーソナルな臨床家がいるのだということを実感してほしいと思う。ともすればこうした本を執筆する人たちというのは読者にとって「偉い人」や「遠い人」と体験されてしまうかもしれない。しかしここで執筆しているのは紛れもなく皆さんと同じ1人の人間,臨床家なのである。それを皆さんに感じていただけたら,本書の目的の一つは達成されたことになるだろう。
 もし編者の願いをもう一つだけ聞き届けてもらえるならば,読者の皆さんもぜひ連想を広げながら事例記述を読んでいただけたらと思う。自ら連想テキストを作ってみてもよいだろう。感想は個人でもちろん異なるだろうが,編者自身はその体験を毎回とても面白いと感じている。自ら連想をしたうえで執筆者の連想テキストを読むと,その面白さはきっと倍に感じられるはずだ。
 さて,もちろん連想テキスト法は臨床行為の一つであるから,そこにはある程度の作法や知識も伴っていなくてはならない。そして上辺だけではなく自らの血肉となった知識たちは連想にも自然に登場してくるものである。本書の第3章ではフォーミュレーションを発達的に構成するための補助線となり得る各種の性心理発達理論を概説している。また第4章以降では各種の精神病理に関する理論的な部分の概説が記述されている。
 一つだけお断りしておきたいのは,ここに記されている各種理論は,それに関するすべての知識を網羅しているわけではないということである。そこに記されているのは,その執筆者陣の血肉となった知識である。読者の皆さんには,そうして血肉としてなじんだ知識がどのように連想に組み込まれていくのか,そうした様相も併せて楽しんでいただければ幸いである。
 また,本書の第4章以降の各章にはさらに学ぶためのおすすめの文献を載せている。ただ,残念なことに,各章の執筆者に挙げてもらった文献の中にはすでに絶版になったものも含まれている。精神分析に関する多くの重要な著作が絶版となり,ネットで法外な高値で売られている事態になっているのは実に残念なことである。おすすめ文献を現在入手可能なもののみに限定する案もあったが,それでは広範で豊饒な精神分析的病理学の知の体系を狭めてしまうことにもなるように思われる。そこで,読者の方々には不自由をおかけしてしまうが,絶版書もそのまま記載させていただいた。しかし,本書で挙げられている絶版書はどこにもないような幻の本ではなく,多くの公立図書館や大学図書館に書蔵されている。幸いなことに,現在は各図書館同士の連携がスムーズになり,その図書館にはない本でも他の図書館から簡単に取り寄せてもらえるようになっている。そのため,この本は面白そうだというものがあれば,絶版の本も含めて多くの文献を手に取っていただけたらと思う。

 さて長くなったが,編者の稚拙な前書きで編者が体験する連想テキスト法の面白さが伝わったとは思えないので,ぜひその面白さは本文で体験していただきたいと思う。本書を読んで,この手法を面白いと感じ,ご自身でも試してみたいと思われる読者が1人でも増えることを切に願っている。

2022年9月 東啓悟

※本記事の特性にあわせて、一部記述を太字にして強調しております。
※※書籍では、人物名などにフリガナを振っていますが、本記事では煩瑣になるのを避けるため省略しています。

目次

はじめに

第Ⅰ部 〈総論〉力動フォーミュレーション
第1章 臨床に活かす力動フォーミュレーションとは  
目の前の「この人」を理解するために/「力動」「フォーミュレーション」とは/さまざまな事例概要の書き方/治療者の認識を変える累積的な問題/ナラティブ(物語)を再構築するための「連想テキスト法」/客観性を保つための2つの方法/質的・要素分析を生み出したフロイト/おわりに
第2章 連想テキストの書き方
はじめに/事例概要の具体的な書き方/連想テキストを書く/勉強会当日のディスカッション
第3章 性心理発達と発達精神病理学
はじめに/フロイトの性心理発達の理論と病理論/アンナ・フロイトの発達論/マーラーの発達論/エリクソンの発達論/クラインの発達論/カーンバーグの発達論/ボウルヴィらの愛着理論/おわりに

第Ⅱ部 〈各論〉力動フォーミュレーション
第4章 気分障害の力動フォーミュレーション
第5章 ヒステリーの力動フォーミュレーション
第6章 強迫の力動フォーミュレーション
第7章 ナルシシズムの力動フォーミュレーション
第8章 精神病の力動フォーミュレーション
第9章 心身症の力動フォーミュレーション
第10章 外傷性精神障害の力動フォーミュレーション
第11章 発達障害の力動フォーミュレーション

おわりに
ここまで読んでくれたあなたへ
索引 

「ここまで読んでくれたあなたへ」?

目次をご覧になって、「ここまで読んでくれたあなたへ」とは? と思ってくれた方もいらっしゃるかもしれません。

本書を読んで、
「(自信はなくとも)自分でもやってみたい!」
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と希望する方へ、「読者特典」として、「精神分析史上で有名な症例」をもとにした事例概要のデータを差し上げています。

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画像提供:しぴ様 @cccccpsy

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