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【寄稿】『職場でのカウンセリング』企業内人事担当の「医師の診断書」のとらえ方|亀野 圭介

小社新刊『職場でのカウンセリング』は、「心理職のための手引き」と副題がつけられていますが、企業で管理職を務められている方、人事担当の方、法務担当の方など、会社内でメンタル不調者に関わる方に役に立つ知識も含まれています。
本書で人事の立場からご執筆いただいた亀野先生に、コラムをお寄せいただきました。人事にとって指針となるとともに取り扱いに苦慮することもある、「医師の診断書」についての論考です。

これまで、管理者から人事部への相談として、「部下がメンタル不調を訴えて相談してきたときにどうすればいいのか?」、「突然、人事部から産業医、法務部、産業保健スタッフと連携しましょうと言われたが、実際にどう連携すればいいのか?」、「各関係者がどういう観点から参加しているかもよくわからない」、「部下から診断書をもらったがどう対応したら良いのか?」などの疑問や不安を幾度となく耳にしてきました。それらの声に応えるべく、『職場でのカウンセリング』で私が担当した本書第5章では、企業の管理者・人事の観点を詳述しました。

本コラムでは、紙幅の関係で本書に詳しく記載できなかった「医師の診断書」にまつわる古くて新しい課題と、コミュニケーションの重要性についてご紹介したいと思います。

診断書の位置づけ

主治医から得られる重要文書として、診断書があります。企業の管理者や人事は医療の素人ですから、勝手に社員の病状を判断することは許されません。病状の判断においては医師(主治医)の診断が必須であり、会社としては診断書に記載された内容を最大限尊重しながら対応すれば良いのです。

ところが、実際の安全配慮義務に関する実務はそれほど単純ではありません。得てして主治医は患者の意向を汲み、産業医の意見は職場での勤務実態や企業の対応能力を汲む構図になりがちで、主治医の診断書と産業医の意見書の内容が食い違うこともあり、落としどころを見出すことに困る場合が稀にあります。主治医と産業医では、それぞれが得ている情報や判断の枠組みが異なることもあり、科学的・客観的に「就業が可能か否か」を統一的な判断として下すことは、実際にはとても難しいことと感じます。

それにも関わらず、実務的な枠組みとしては主治医の診断書が重要なエビデンスとして位置付けられており、その枠組みの中で現実的な対応を探ることが会社にとっての課題なのです。

労務提供義務と診断書

患者(=社員)の回復を最優先する主治医の診断書が非常に重要であることは言うまでもありませんが、一方で労働者(=社員)には労働契約において定めた労務を提供する義務が発生しています。一般に、この労務提供が体調不良によって難しい場合、「契約で約束した労務提供が体調不良によって出来ないこと」を証明する責任は社員側にあるとされています。それを客観的に証明するための重要書類が主治医診断書です。

しかし、この根本的な位置づけは必ずしも関係者全員の共通理解とはなっていません。小さな例として、主治医診断書の発行費用の問題があります。診断書の取得費用は一般的に数千円で決して安価ではありませんが、本来の責任に照らせば発行費用は本来労働者が負担すべきものです。しかし、企業によっては福利厚生的に発行費用を会社負担としている場合もあり、この場合には先述の「本来約束していた労務提供が体調不良によって出来ないことを自らの責任で証明する」という意識が希薄化しがちです。

診断書に関しては、さらに人事が対応に苦慮する場面があります。例えば、休職期間が長期に及んで休職期間満了による自然退職が迫る場合、人事や管理職からみて明らかに復職が難しい体調の社員が、「復職可能」と記載された診断書を会社に提出することがあります。内心で診断の客観性に疑問を抱きつつ、そのまま復職させることは(本人が望んだこととはいえ)本人にとっても、受け入れるチームにとっても非常に苦しいものがあります。この問題に一般的な解決策を提示することは困難ですが、やはりここには仕組みとしての課題を感じざるを得ません。

そこで大切なことは「話し合い」です。社員、人事部、産業医、法務部、管理職、主治医など、それぞれで見解や立ち位置が異なるため、本音で率直に話し合うことが何より大切なのです。また、企業における心理職の役割は、関係者同士で真摯な話し合いが実現できるよう、中立的な立場から個々の社員や関係部署の担当者と対話を重ねることにあるのではないでしょうか。

コロナ禍の影響

比較的最近の課題として、2020年のコロナ禍で在宅勤務が広く普及したこともあり、体調不良を理由として出社を拒むケースもあるようです。実際に、通勤が大きな心理的な負荷となるケースはあり、在宅勤務でも生産性が犠牲にならない(あるいは向上する)業務であれば在宅勤務希望を尊重できますが、出社することが必須の業務(たとえば工場や研究所など)に就く社員が「在宅であれば勤務可能」という主治医診断書を提出した場合には、頭を悩ませることとなります。異動が簡単ではないことは本書に記載した通りですが、リハビリ期間においてはある程度の在宅勤務を認めつつ、数カ月をかけて完全出社を目指してもらうことになるでしょう。

社員が契約で約束した労務提供責任の下で、会社側が体調を理由とした勤務配慮がどこまで可能なのか、すべきなのか、それらを人事部が診断書から一律に判断することはできません。これは古くからある問題ではありますが、コロナ禍の在宅勤務普及によって、労務提供の責任とは何か、特に労働契約に記載される「勤務地」にどこまで拘束力があるのかが改めて問われることとなりました。

最後に

人事にとって、医療的観点から記載された診断書を正しく理解し、それを可能な限り尊重していくためには、関係部署や当該社員との話し合いが重要になります。そして、メンタル不調者の復職支援に際しては、体調回復と並行して、「回復した暁に提供すべき労務は具体的にどのようなものか」を関係者全員が丁寧に共有し、円滑なコミュニケーションを図りながら対応を進めていくことが特に大切ではないでしょうか。

本書は、メンタル不調者を取り巻く多職種の執筆陣によって、それぞれの観点から課題が丁寧に紹介されているため、心理職だけでなく企業で管理職の立場にある方や人事部に異動したばかり方にもお薦めできます。本書が職場でのコミュニケーションを更に促進にするための一助となることを願って止みません。

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◉執筆者プロフィール
亀野 圭介(かめの けいすけ)
企業内人事担当。ミーレ・ジャパン株式会社人事部ディレクター。
1978年生まれ。東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。2004年より外資系メーカーの研究開発職でキャリアをスタート、人と組織に関わる仕事に興味を抱き2007年に人事職にキャリア転換。以降、複数の外資系企業の日本法人において人事業務に携わる。2020年にミーレ・ジャパン株式会社に入社し、2023年1月より現職。

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