【「はじめに」公開/本文チラ見】『心理職は検査中に何を考えているのか?』|浜内彩乃・星野修一
はじめに
心理職として働くにあたって、「心理検査に精通していること」が求められることは少なくありません。
心理検査に精通するために、まず実施マニュアルを参考にして、検査用紙や検査道具を使って、自分で実施してみたり、同業者同士でロールプレイを行って練習し、実施方法を定着させます。さらに、実施マニュアルやさまざまな書籍を読んで、スコアリングや解釈について理解を深め、それでも不安な場合には、研修会にも参加するでしょう。
「やれる限りのことをやった!」
と、いざ心理検査を実施しようとしても、多くの悩みが生じてしまいます。
実施前では……、
・この心理検査で目的に沿った結果が出るのだろうか?
・テストバッテリーはどう組めばいいのだろうか?
・検査道具や教示はこれでいいのだろうか?
実施中には……、
・思わぬ質問が出てきたが、どのように対応したらいいのだろうか?
・クライエントが懸命に答えている最中は何をしていたらいいのだろうか?
・何を記録しておくといいのだろうか?・クライエントに聞いておいた方が良いことはあるだろうか?
実施後にも……、
・この解釈で正しいのだろうか?
・結果をどのようにまとめたらいいのだろうか?
・いつも同じような所見の内容になってしまう
・所見がマニュアルに書いてある単語や文のつぎはぎになってしまう
・クライエントの役に立てる所見になっているだろうか?
本書を開いている皆さんであれば、こうした悩みにご自身の体験と重ねてうなずくことも多いでしょう。
私たちは、これまで臨床心理士・公認心理師として、医療現場や私設オフィスなどの臨床現場で心理検査を数多く実施してきました。そして、現在では、若手の心理職に助言や指導をする機会が増え、心理検査にまつわる研修会を実施したり、スーパービジョン(SV)を行ったりしています。
そんな私たちも、初学者の頃には先に挙げた悩みを持ち、苦しんできました。そして同じように悩み苦しむ若手の心理職に対して、その悩みを脱するための手立てを提供できないだろうかと思っていた矢先に、編集者の前川さんから書籍の執筆をご提案いただきました。
心理検査を行うには、クライエントと出会う前から準備をすることが重要です。そして、各検査に精通し、実施目的に合った検査を選択し、クライエントの情報収集を行い、クライエントと出会って検査を実施して、収集したデータを解釈します。それら一つ一つの作業が丁寧に、そして十分に行われて初めて所見を書くことができ、心理検査の目的に応じたフィードバックをすることができます。
書籍や研修会は、データを解釈するための知識やスキルに焦点を当てたものが多いようです。また、心理検査の書籍に掲載される事例には、背景の情報や検査データ以外にも多くの情報がありますが、それらの情報と検査データとがどのように結びついて所見が作成されているのか、詳細を記したものはありません。そして検査結果の解釈について多くのことが載っていても、それらをどのように組み合わせて所見にしていくのか、その過程は明示されていません。
そこで、本書では、各検査の特色について理解することから始まり、クライエントの情報収集の必要性や、検査中の行動観察が検査データとどのように組み合わさり、所見を作りあげていくのか、そのプロセスを明示しています。
それらをリアルに、またオープンに描き出すことで、その行動や思考過程を可視化できる形にしてみました(リアルを追求しすぎて、登場する心理職は非常勤勤務という「あるある」もあります……)。
本書を書き進める中で、心理検査の所見を作成するには、心理検査そのものの知識だけではなく、大学院のときに学んだ基礎心理学や、臨床現場で学んださまざまな臨床の知を用いて心理アセスメントを行っていることに改めて気づかされました。
そして、それらの知識や体験を統合し、所見を生み出すスキルには、どうしても「職人芸」のような性質があり、その体験のすべてを言語化することは困難であることにも気づきました。
それでも、若手心理職がつまずきやすいところを検証し、私たちが日々臨床の中で何を考えながら心理検査を実施しているのかを振り返り、できる限りのことを文章にしました。心理検査を実施する際に、心理職がどのようなことを思い浮かべているのか、そのあれやこれやを書き連ねています。
文章を読み進めてもらえれば、心理検査に習熟した心理職の思考を疑似的に体験できるような作りにしています。あくまで試みではありますが、同様の本は現在のところ他にはないと自負しています。
各心理検査のマニュアルと解釈の専門書とを有機的につなぎ、検査データとリアルなクライエントの様子とをいきいきとつなぐ
それがこの本の最大の特長です。
「この一冊を読めば、心理検査を実施できるようになり、立派な所見が書けるようになる」。そんな素晴らしい本があれば、どれほど多くの心理職が救われることでしょう。しかし、残念ながらそのような魔法の本や研修はこれから先も登場しません。
心理検査もカウンセリングと同様、クライエント一人一人と向き合っていく作業であり、クライエントとの関係なしに成長することはできません。人の心に触れることが容易でないことは、臨床を行う皆さんであれば十分にわかっていることでしょう。
検査を一つ一つ丁寧に実施し、クライエントを思い浮かべながら所見を書き、フィードバックをしたときの反応を見ていく……。その中でしか、クライエントの心に触れ ていることに気づくことはできません。
各検査のマニュアルを読み、検査の実施法を習得した後に本書を読んでもらうことで、クライエントの心に触れるヒントを見つけることができるでしょう。そしてさらに各検査の専門書を読むことで、リアルなクライエントの心について深く考えることができると考えています。
本書が、心理検査を機械的に行うのではなく、クライエントの心と向き合う場として体験する一助になれば幸いです。
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目 次
表紙・本文チラ見
本文チラ見
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