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【「本書について」公開】花丘ちぐさ|『わが国におけるポリヴェーガル理論の臨床応用』

「ポリヴェーガル理論は日本の臨床にいかに有効なのか?」

 幅広い領域のそうそうたる執筆陣34名が、ポリヴェーガル理論に基づくトラウマ理解をどう臨床/研究に活用しているか、熱く述べる。
 刑法改正により注目されている性被害者支援についても、第6部でポリヴェーガルインフォームドな理解を詳説。今大注目の1冊!


 本記事では、編著者である花丘ちぐさ先生による「本書について」を公開いたします。

本書について

 ポージェス博士によって1994年に提唱されたポリヴェーガル理論は、海外からトラウマ学の講師を招いてのトレーニングなどを通して、徐々に日本も紹介され知られるようになっていった。ポージェス博士の著書、『The Pocket Guide to the Polyvagal Theory』(Norton Publisher)の和訳が、2018年に『ポリヴェーガル理論入門――心に変革を起こす「安全」と「絆」』(春秋社・花丘ちぐさ訳)として出版され、2023年現在第10刷まで売り上げている。ポリヴェーガル理論は、まさに、多くの臨床家が注目している理論といってよいだろう。 

 ポリヴェーガル理論については、すでに書籍などで解説されているので、本書では詳細は扱わない。概説すると、ポージェス博士は、哺乳類は系統発生的に進化してきた三つの神経基盤を持つと論じた。それまでは、自律神経系には交感神経系と副交感神経系の二つがあり、おおむね拮抗的に作用していると考えられてきた。しかしポージェス博士は、副交感神経系の中でも、迷走神経系には背側迷走神経系と腹側迷走神経系という二つの神経枝があるという理論を展開した。ここから、ポリヴェーガル理論、つまり複数の(poly)迷走神経(vagas)があると考える理論が生まれた。多重迷走神経理論とも訳される。さらにポージェス博士は、哺乳類には背側迷走神経複合体と腹側迷走神経複合体と呼ばれる複数の神経系が関係しあう機能があり、特有の働きを持つとした。背側迷走神経複合体、腹側迷走神経複合体、さらに交感神経系の働きも加わり、私たちの生命や活動を支えているとしている。

 神経系の進化のなかで最初に発生したのは、背側迷走神経系であり、無顎魚類むがくぎょるいまでさかのぼる。これは無髄のゆっくりと働く神経系で、哺乳類では主に横隔膜より下の臓器を支配する。安全であるときには消化と休息を司り、生命の危機にさらされた時は、心拍や呼吸を一気に落としてシャットダウン、つまり不動化を起こさせる。これは凍りついたように見えることから、凍りつきとも言われる。次に発生したのは交感神経系で、硬骨魚こうこつぎょからみられる。この交感神経系は安全なときは適応的な活動を支えるほか、危機においては「闘争/逃走反応」を支持する可動化を司る。最後に、哺乳類に特異的に発生したのが腹側迷走神経系だ。これは有髄ゆうずいの機敏な神経系であり、腹側迷走神経複合体として、社会交流システムを司るとともに、背側迷走神経複合体と交感神経系のバランスを取る役割も果たしているという。

 ポリヴェーガル理論では、ストレス下では、哺乳類は系統発生と逆向きの方向で反応するという。つまり、問題が起きた時、人は最初に友好の合図を送って話し合うといった社会交流によって問題を解決しようとする。それがうまくいかないと「闘争/逃走反応」を起こす。つまり戦ったり逃げたりする。それもうまくいかないと、凍りつき反応を起こす。これがトラウマの機序を説明しているため、トラウマの臨床でポリヴェーガル理論が大いに歓迎されてきた。トラウマというと、過覚醒な状態を意味することが多かったが、ポリヴェーガル理論によって、多くのトラウマの専門家が直面する、気力を失い、心身が重くて働かなくなるような、抑うつ的なトラウマサヴァイヴァーの神経系についても、より明確な理解を持つことができるようになた。 

 ポージェス博士は、このようにしてポリヴェーガル理論が世界に広がっているのを喜ぶと同時に、自分が提唱したポリヴェーガル理論を、何かを付け 加えたり、差し引いたりすることなく正確に理解するための情報源として、ポリヴェーガル・インスティテュートを設立した(2021年)。そして、本書 の編者である花丘ちぐさが、博士の著書を翻訳したご縁、また、博士が開発 した、腹側迷走神経系の状態を反映するとされている呼吸性洞性どうせい不整脈の計測システムを学んで研究に取り入れたことから、ポリヴェーガル・インスティテュート・ジャパンを設立するに至った(2022年)。そこで、ポリヴェーガル理論の日本における臨床応用についての著作を編むに至った。

 ポージェス博士は、ポリヴェーガル理論をさらに発展させる新たな発見がなされることを心から歓迎している。この点について編者は、今後の科学の発展を祈り、研究者の皆様を応援していきたいと考えている。そして、臨床家、またトラウマ臨床の教育者として編者は、ポリヴェーガル理論の臨床応用を通して、その有用性を経験的に理解し、それを広く共有していきたいと願っている。つまり、科学の発展を通してポリヴェーガル理論が高められていくことを願う一方で、ポリヴェーガル理論が臨床の現場でどのように応用され、人々の助けとなっているかの知見を蓄積していくことで、ポージェス博士が願う世界を実現していきたいと考えている。ポージェス博士は、安全と絆を通して、人間が本来の姿を取り戻し、ヒューマニティと善があまねく世界にいきわたることを願っているように思う。本書が、そのような、平和で社会交流が豊かに行われている世界を実現する一助となれば幸いである。  
 本書では、各専門分野の最先端をゆく研究者、臨床家の皆様にご登場いただいた。ポリヴェーガル理論は、人間の本質的な部分についての洞察をもたらす。したがって、あらゆる分野をまたいで、その臨床応用は可能である。本書は、そういった意味で、ポリヴェーガル理論の祝祭的な場であると考えている。本書は、研究成果を発表する学際的なものではなく、実践応用の情報交換をしつつ、仮説を展開し、考察を行うものとした。本書への寄稿にあたって、著者の諸先生方には、まずここが安全の場であることを確かなものとしたいと考えた。安全をベースに、のびのびと、また存分に、日ごろの考えや思いを表現していただきたいとお願いした。読者諸氏におかれても、本書を、好奇心をもってワクワクしながら読んでいただきたいと考えている。

※本記事の特性に合わせて、一部、太字・ふり仮名をしております。

花丘ちぐさ(はなおか・ちぐさ)
公認心理師,専門健康心理士,博士(学術)、ソマティック・エクスペリエンシング®・プラクティショナー。
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。米国ミシガン州立大学大学院人類学専攻修士課程修了。 桜美林大学大学院国際人文社会科学専攻修士博士課程後期修了。A級英語同時通訳者。「国際メンタルフィットネス研究所」代表。
著書に『その生きづらさ、発達性トラウマ?;ポリヴェーガル理論で考える解放のヒント」(春秋社 2020年)、『なぜ私は凍りついたのか;ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し』(春秋社 2021年)〔編著〕、翻訳書にP・ラヴィーン著『トラウマと記憶;脳・身体に刻まれた過去からの回復』、S・ポージェス著『ポリヴェーガル理論入門;心身に変革をおこす「安全」と「絆」』、D・デイナ著『セラピーのためのポリヴェーガル理論;調整のリズムとあそぶ』、モナ・デラフーク著『発達障害からニューロダイバーシティへ;ポリヴェーガル理論で解き明かす子どもの心と行動』、ステファン・W・ポージェス/デブ・デイナ著『ポリヴェーガル理論臨床応用大全;ポリヴェーガル・インフォームドセラピーのはじまり』(春秋社 2017年/2018年/2021年/2022年/2023年)、K.L.ケイン/S.J.テレール著『レジリエンスを育む;ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒』(岩崎学術出版社 2019年)〔共訳〕、S.マコーネル著『ソマティックIFSセラピー;実践における気づき・呼吸・共鳴・ムーブメント・タッチ』(岩崎学術出版社 2022年)〔監訳〕などがある。
ソマティック・エクスペリエンシング,IFS をはじめとした心理学関連の海外講師を招聘してのトレーニングを主催している。

2023年6月、小社から新刊『わが国におけるポリヴェーガル理論の臨床応用;トラウマ臨床をはじめとした実践報告』を刊行。

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目次

本書について(花丘ちぐさ

ポリヴェーガル理論提唱者ポージェス博士からの序文(ステファン・W・ポージェス
オキシトシン研究者カーター博士からの序文(C・スー・カーター

第1部 精神医学
1.トラウマ学 トラウマとポリヴェーガル理論――沈黙から共有へ(宮地尚子,森美緒
2.発達障害 TSプロトコールとポリヴェーガル理論――トラウマ処理の作用機序を巡って(杉山登志郎
3.災害緊急対応 災害緊急対応におけるポリヴェーガル理論の臨床応用(仁木啓介
4.アディクションアディクション治療におけるポリヴェーガル理論の臨床応用(松本功
実践報告コラム「精神看護」 ポリヴェーガル理論の視点を活かせば精神看護はもっと楽しい!(室伏圭子

第2部 教育・発達支援
1.教育 ポリヴェーガル理論から「学校」を見直す(花澤寿
2.発達支援の臨床心理カウンセリング 発達支援におけるポリヴェーガル理論の臨床応用(濱田純子
実践報告コラム「スクールカウンセリング」 スクールカウンセリングにおけるポリヴェーガル理論「つながり」(國本貴久

第3部 医療・福祉
1.マインドフルネス マインドフルネス動作法による安心・安全なつながりの回復とポリヴェーガル理論(今野義孝
2.東洋医学と心理療法 「こころ」に安全を育むこと/「からだ」に安全を育むこと――ポリヴェーガル理論と心理療法・身体療法(津田真人
実践報告コラム「心身障害者支援」 強度行動障害のある方たちへのポリヴェーガル理論に基づいた介入(藤本真二
実践報告コラム「職場の精神衛生」 企業内カウンリングでのポリヴェーガル理論をもとにした神経調整法(四葉さわこ
実践報告コラム「整体」 自律神経整体からみたポリヴェーガル理論の応用例(藤嶋琢也
実践報告コラム「小児科」 入院患児の治療とポリヴェーガル理論 (永井幸代
実践報告コラム「理学療法」 理学療法におけるポリヴェーガル理論の臨床応用――実践経験を例に(延近大介)
実践報告コラム「作業療法」 痙性麻痺を呈した患者に対する作業療法の経験――ポリヴェーガル理論の視点を生かして(人見太一
実践報告コラム「音楽療法」 ポリヴェーガル理論と,心理的・社会的支援のための音楽療法の3階層性の関連について(吉池幸子

第4部 ソマティック心理学・ソマティックエデュケーション
1.タッチ タッチとポリヴェーガル理論(山口創
2.愛着理論 アタッチメント理論におけるポリヴェーガルセラピーの臨床応用――協働調整によるアタッチメントの修復(浅井咲子
3.ソマティック・エクスペリエンシング® ポリヴェーガル理論とソマティック・エクスペリエンシング®・トラウマ療法(花丘ちぐさ
実践報告コラム「妊娠・産後期のタッチケア」 妊娠・産後期のタッチケアにおけるポリヴェーガル理論の臨床応用(中川れい子
実践報告コラム「EMDR」 EMDRとポリヴェーガル理論(早河ゆかり
実践報告コラム「アレクサンダー・テクニーク」 ポリヴェーガル理論をアレクサンダー・テクニークに応用する(田中千佐子
実践報告コラム「ロルフィング®」 ロルフィング®におけるポリヴェーガル理論の臨床応用(扇谷孝太郎
実践報告コラム「クラニオセイクラル」 クラニオセイクラル・バイオダイナミクスにおけるポリヴェーガル理論の臨床応用(山田岳
実践報告コラム「ハタヨガ」 ハタヨガにおけるポリヴェーガル理論の活用チャマ(相澤護

第5部 哲学・文学
1.宗教哲学・禅 「安全な不動化」としての坐禅――ポリヴェーガル理論で身心の調いとしての坐禅を照らす(藤田一照

第6部 性犯罪及び性被害者支援
1.性被害者支援 性暴力や性的虐待の被害者へのポリヴェーガルインフォームドな支援と治療(白川美也子
2.フォレンジック看護 フォレンジック看護におけるポリヴェーガル理論の臨床応用(長江美代子
3.性犯罪及び性被害者支援 性被害者支援・刑法改正におけるポリヴェーガル理論の臨床応用(山本潤
4.性犯罪被害者支援 性犯罪の捜査・公判におけるポリヴェーガル理論の活用に向けた一考察(田中嘉寿子
5.性加害受刑者処遇カウンセリング 再犯リスクの高い性犯罪者の理解と治療――ポリヴェーガル理論の臨床応用可能性(糸井岳史
実践報告コラム「フェミニストカウンセリング,DV被害者支援」 フェミニストカウンセリング,DV被害者支援におけるポリヴェーガル理論の臨床応用(椹木京子

編者あとがき(花丘ちぐさ

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