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僕が独立した理由-石橋 京士さん-

2019年夏、社長や起業家、独立して活動している方を対象に100人インタビューを実施。みなさんのカッコいい生きざまを紹介していきます。

石橋さんの小さいころの夢はウルトラマンだったのだそう。ある意味、幼少時代に正義のヒーローを目指した少年は、大人になって弁護士という職につき、本当に正義のヒーローになりました。でも、その道筋はそんな簡単な物語ではなく、迷いや悩みや挫折を繰り返しながらの日々だったそう。そんな石橋さんの青春時代をまずは教えてもらいました。

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石橋 京士(いしばし あつし)さん

一京綜合法律事務所
宮城大学事業構想学部事業計画学科卒業
明治大学法科大学院修了
2010年 司法試験合格 司法修習採用(64期)
2011年 第二東京弁護士会登録 津の守坂法律事務所勤務
2016年 一京綜合法律事務所開設
文部科学省再就職等問題調査班員(有識者)

テレビで見た教授の熱意にひと目ぼれして
目指す大学と学部まで決めた

 中学2年のころから家庭内がゴタゴタしてきました。母がグチのように「あなたのお父さんは本当のお父さんじゃない」とか言い出して。意味がわからなかったんですが、高2のときに両親が離婚すると、その言葉が真実だったことを知りました。僕と弟の血縁の父は母が1人目に結婚していた男性で、一番下の妹だけが父の子だったんです。

 母子家庭の生活で、長男でもある僕は安定してお金を稼げる仕事として公務員を目指そうと思いはじめました。受験勉強を進める中で、資格があったほうがより安定すると思い、検察官を目指すことにしました。私立大学はお金もかかるから、岩手大学の人文社会科学を目指したのですが、浪人決定。
 新聞配達などをしながら予備校に通っていたときに、ローカルテレビのインタビューで見た宮城大学の糸瀬教授の話に衝撃を受け、この先生の元で学びたい! と強く思いました。糸瀬教授は当時新しくできた宮城大学事業構想学部の教授で、ガンに体を侵されながらも情熱的に指導をしている方だったんです。予備校のクラスは変更することになりましたが、勉強スイッチが入り、その年に希望通り合格することができました。

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大学生のうちに起業することを目指すも挫折。
改めて弁護士を目指すことを決意

 大学の環境的には恵まれていたと思います。大学生のうちに自分たちの手でビジネスを作り上げようとしている仲間ばかりだったんです。僕も学生団体に参加して、クライアントから協賛金を集める営業をして、結構集めたつもりだったんですが、フタを開けてみたらチケットもたいして売れずに、事業としては赤字でした。
 大学3年のときにハッとしました。僕の計画では3年生までに自分がやるべき事業を決めて、4年で起業できるように準備をスタートさせているはずだったのに、何もないんです。ベンチャーサークルにも所属していたし、そういった大学だったので事業をしている方のお話を聞くこともできていたんですが、自分でやるべき何かを見つけることができずにいました。
 そんなとき、僕はバイト先のTSUTAYAで気づいたんです。お客様からの「ありがとう」がすごくうれしくて、これが本当のビジネスなんじゃないか? って。 つまりお客さまの課題を解決してあげる、そんなシンプルなことです。

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 同時期に、大学の先輩が警察に捕まったり、友だちがトラブルで裁判沙汰になったりという出来事があり、そういえば我が家にも借金とりが来て大変だったときの思い出などがつながり、改めて法律の世界が気になってきました。ちょうど「法学部卒の学生以外のいろいろな経験を持った人たちに弁護士になってもらう」というコンセプトのロースクールが、スタートして1,2年ってタイミングだったんです。卒業した人の8割が弁護士になれるって話で、「コレって、まさにオレのためのものじゃん!」と思い、母に相談してロースクールへ進むことを決めました。

石橋さんが行ったのは、明治大学の法科大学院。再婚したお母さまと兄妹が新しい東京の家で生活していたので、その家から学校通いの日々がスタートします。家族はいるものの初めての東京暮らしで、ホームシックになったと言います。また、学校のうたい文句とは違い、法学部卒業生が多く、遅れを感じることも多かったのだそう。

司法試験合格までの日々は本当に必死。
自分の持てるものすべてを置いてくる、そんな感覚

 1回目の司法試験で落ちたときは、ものすごい落ち込みました。浪人生活では、精神的にもかなり追い詰められていましたね。ストレスで食べ過ぎたり、試験1か月前に風邪をこじらせ、めちゃくちゃ体調悪い状態でのラストスパートでした。司法試験会場のイスはパイプイスなので、僕はクッションを持参していたのですが、試験2日目に忘れてしまうという痛恨のミス。試験は5日間で3日目に中休みがあるのですが、クッションを忘れた2日目が終わると体調が悪化し、中休みにまったく勉強ができず本当に焦りました。

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 僕は『スラムダンク』が大好きなんですが、安西先生が言った「持てるものすべてをこのコートに置いてこよう」という言葉どおり、僕が今まで頑張ってきたすべてをこの答案用紙に置いてくる! そんな気持ちでした。
 毎日ユンケルを飲んで試験に臨んでいたんですが、いよいよ迎えた最終日、気合を入れるためにイチバン高いユンケルを飲んでいたら、成分表にアルコールの文字が! 僕はアルコールに弱く、この文字を見たせいなのか、アルコール成分のせいなのか、そもそもの体調のせいなのかわかりませんが、試験途中で腕が震えだし、その後の記憶がぶっ飛びました。たぶん回答しているはずなのですが、何を答えたのか思い出せないという状態。。。
 そんな受験でしたが、なんとか合格し、弁護士になることができました。合格を見たときは本当に泣けました。

 4年ほど法律事務所で働いていましたが、そこでは交通事故などの案件が多く、僕は大学時代に目指したベンチャー企業などの手伝いができるような仕事をしたいと思っていました。自分でそういった案件をもらってきたりしていたのですが、やはり組織にいる限り、自分の好きなことだけをするわけにはいかない。だったら独立しよう、と思ったのが独立のキッカケです。

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難関の司法試験を2年目という早いタイミングでパスし、弁護士としてのスタートを切った石橋さんですが、自分がやりたいスタイルを確立するために早々に独立しました。彼が目指すヒーローのカタチは、困ったときに頼る人ではなく、最初から一緒に考えてくれるパートナーとしての弁護士だと言います。

結婚と子どもの誕生、そして友だちの死。
自分の人生を考える大きなターニングポイント

 企業の多くは、本当に困った状況になったときに弁護士を訪ねてきます。話を聞くと、どれも未然に防げることばかりです。そんなことのために、大事な時間を使うなんて、もったいないことじゃないですか。僕は企業として、社会にすばらしい価値を提供する、そのために時間を使ってほしいし、そうして企業がスケールしていくことを応援したいんです。

 例えば、個人の方が法人にするかどうか悩むタイミング、従業員を雇うかどうか悩むタイミング、法律がからみそうなタイミングで相談してくれたら、最適なやり方をアドバイスできます。困ってからではなく、最初から一緒にやっていくことで、起こりうるトラブルやミスを防ぎつつ、最短で事業をスケールさせていける、そんなお手伝いをしたいと思っています。
 正直、大きなトラブルが起きたときのほうが、弁護士的にはもうかります。手間が余計にかかりますからね。でも、僕にとっては、その前段階から接することで一緒に進んでいけるほうがよっぽどおもしろい。

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▲2017年末にパパになった石橋さん。子どもの誕生、家族の存在が考え方が変わったキッカケだと言います。

 僕がこういったことを考えるようになったのは、きっと2つのターニングポイントがあると思っています。ひとつは結婚して、自分が満たされたから。子どもも生まれて、世界の平和とかを心から祈れるようになりました。
 もう一つは、友だちの死です。登山家の友だちが死んでしまったとき、死を本気で考えるようになりました。僕たちは毎日少しずつ死へ向かっています。たった1度の短い人生、どう生きるのか? 自分が本当に望むことをするべきだと思いました。

 僕のこの思いは、僕がいくら大きな声で言っても、しょせん1人の人間にできることは限られています。事務所を大きくして仲間を増やしていくことで、もっと広げていきたいと思っています。死んだときにあの世があるのなら、彼に「オレこんなことをしてきたよ」と報告できたらいいな、と思っています。

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▲毎週水曜日に、皇居1周する朝ランの会を開催しているそう。また、過酷な児童労働や貧困家庭をサポートするための東京マラソンのチャリティにも参加。

人は死に直面すると、その後の人生が大きく変わるという話をよく聞きます。石橋さんも尊敬していた友だちの死がキッカケで考え方が変わったと言います。でも、人が死ななくても、死を意識するだけでも身が引き締まる思いがしませんか? 本当になりたい自分、生きたい人生を進むことは、自分で選ぶことができます。そんなことを感じることができたお話でした。


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下町の2D&3D編集者。メディアと場作りのプロデューサーとして活動。ワークショップデザイナー&ファシリテーター。世界中の笑顔を増やして、ダイバーシティの実現を目指します!

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下町の編集者。メディアと場づくりのプロデューサー。ワークショップデザイナー&ファシリテーター。最強技はNLP神経言語プログラムを活用した言語コミュニケーション。インタビュー、カウンセリング、コーチングなど。マイミッション「教育で日本も世界も変える」ダイバーシティの実現を目指す。
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