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I.G.U.P 検討委員会レポートvol.7 防災から見えてきた「市民と成長するスタジアム」

台風13号の影響で9月8日に発生した線状降水帯の大雨被害は、いわき市内にも大きな被害をもたらしました。その被害は、死者1名、床上浸水は1000棟を超え、災害発生から1カ月が経過した今なお、辛い生活を余儀なくされている人がたくさんいらっしゃいます。

そんな現状を受け、被災から半月ほどが経過した9月30日の検討会では、急遽「防災とスタジアム」をテーマに議論が行われました。議論の内容も濃いものになりましたが、「スタジアムについて考えることを通じて、いわき市・双葉郡に今起きている課題を見据える」というI.G.U.Pのあり方、ミッションが改めて打ち出された回となりました。I.G.U.Pの小松がレポートいたします。

まずは上林先生からの話題提供。今日はこれについて考えるぞ、という事例が提示されます

まず行われたのが、座長・上林功先生からの話題提供。スタジアムと防災について先進的なスタジアムの事例をいくつか紹介していただきました。

上林さんがまず挙げたのが、意外にも「いわき平競輪場」。震災のときに活用されましたが、空中バンクの下が「半屋外」の空間になっていて、支援物資を集めることができる構造になっています。スタジアムの持つ大空間は、防災に役立つ大事なインフラになっているわけです。

この「大空間の防災活用」は全国で進められています。たとえば、上林先生が設計に関わった広島のマツダスタジアムは、天然芝のフィールドの地下に巨大な水の貯留槽があり、大雨時には膨大な水を引き受けることができるそう。また、横浜の日産スタジアムは、人工地盤の上に宙に浮くように設計され、周囲の環境と合わせて全体が遊水池になっているため、水害時には水浸しになるものの、周囲の住宅地に流れ込む水を減らすことができます。

芝生のフィールドの下に貯水槽があるマツダスタジアム

大空間は「エネルギー」にも役立てられているようです。昨今の技術革新で、曲げられるほど薄い太陽電池が生まれていますが、こうした発電素材を屋根や壁に活用できれば、スタジアムは「エネルギーステーション」になります。東日本大震災直後に、さいたまスーパーアリーナが避難所になったことを覚えている人がいるかもしれません。災害時に電気が使え、ネットにもつながるスタジアムは、ますます「防災拠点化」していくはずです。

もうひとつ。災害に欠かせないのが、復旧作業などに当たるボランティアの存在です。上林先生が言及したのが、宮崎県延岡市の「ゴールデンゲームズ in のべおか」。入場や誘導で「スポーツボランティア」が大活躍役している大会なのですが、かつて竜巻の被害が出たとき、スポーツボランティアが災害ボランティアとなり、災害復旧や生活再建に尽力したそうです。普段から運営に関わっている関係性があるため初動が速いのでしょう。

つまりスタジアムは、建物それ自体が防災拠点となるだけでなく、被災した人たちを受け入れる大規模避難所にもなり、普段のスポーツで生まれたコミュニティを活用した防災センターにもなるということです。

9月の水害直後、いわきでは「ボランティアが足りない」という声が上がりましたが、市民の力を災害に役立てるためにも、試合時だけでなく、普段から地域の人材と防災に関する情報が集うようなスタジアムが求められる、ということかもしれません。

上林先生からの話題提供のあとは、I.G.U.Pメンバー同士の車座でのディスカッション。出てきた意見を、ざっくりと振り返っていきます。

防災がテーマ。シビアな話題もありますが、和気あいあいと議論する時間も

1、日常から人とのつながりをつくるスタジアムが必要という意見

金澤:9月の大雨では、近所が道が川のようになってしまった。床上浸水になってしまった方もいたが、もともとの関係性がないので助けに行っていいものか、わかりにくい。普段の関係性があってこそ災害時にも助け合えるということを感じた。日常的な人と人のつながりをつくるスタジアムであってほしい。災害時にも、きっと力になる。

北澤:東日本大震災のとき県内の避難所に滞在した。その時、段ボールトイレが配布されたが高齢者は使い方がわからない。それを説明してくれる業者も職員もおらず、わたしがマイクを持って「ばあちゃんこれはウンコすっところだぞ」って説明したことがあった。その場その場で求められるキャラクターとか言葉遣い、適材適所というものがあると感じた。適材適所で人を配置していくためにも、日常的な常設ボランティアーセンターがあるといい。普段は試合の運営に関わり、非常時にはすぐに動ける。

北澤さんから「トイレ」の話題が。「避難所」に関する、とても大事なテーマ

前野:いわき市や双葉郡への移住者の多くは土地勘がないので普段からの情報発信が重要だ。移住者も地域に関心がないわけではない。平素から地域の活動に参加することで、避難場所を確認したり、災害の起きやすい場所を把握しておくことが大事ではないか。新しい取り組みが必要なのではなく、大事なことは、総ぐるみ運動など既存の活動に防災をプラスする動き。さまざまな活動に防災をプラスすることで市民の意識を高められるのではないか。

2、施設面の拡充を図るべし、という意見

三上:義母に「震災の時に一番あって良かったもの」を聞いたら「ぼっとん便所」だと話していたのを思い出した。水洗トイレは水の使用量が多い。スタジアムに人が避難してきた場合、水の使用量が相当なものになる。災害時にはストレスがかかっているし、トイレで揉めることも少なくないと思う。技術的に難しいかもしれないが、災害時には「バイオトイレ」に切り替わるような、災害を意識したトイレがあるといい。

村田:太陽電池の話が先ほど出たが、電気は貯めるのが難しい。その点、いわきにはバッテリバレー構想があり技術も高い。地元企業を巻き込みながらスタジアムに大規模蓄電池を設置できればいい。また、スタジアムのそばにホテルがあれば帰宅困難者が宿泊できるし、医療的な施設や温泉を使った温浴施設があれば心強いです。震災ではペットと一緒に避難しにくいという問題もあった。ペット関連の施設も必要かもしれない。

経営者でもある村田さんから、インフラや設備に関する様々な提言が

菅波:この地域には「福祉避難所」として使える場所がない。重度障害のある子たちの家族は、車中泊で過ごさざるを得なかった。子どもたちのケアも必要。震災時もそうだが大人たちの混乱は子どもたちにも伝わる。外で遊べなかったこと、PTSDやトラウマなどの積み重ねが、子どもたちの特性によっては育ちに影響を与えてしまう。災害時にスタジアムに来て避難するだけでなく、伸び伸びできる場所があるといい。

ご自身の「ボラセン」の経験をもとに話す末永さん

末永:東日本大震災のとき、必要に迫られて支援物資を集め始めたことから勝手にボラセンを組織したが、市のボラセンが立ち上がると「勝手に立ち上げるな」と言われた。Googleで検索したときに、市のボラセンよりも私たちのほうが上位になってしまっていた。だが、市のボラセンを運営する人に海沿いの土地勘があるわけではなく、結局、私たちが軽トラを借りて土嚢袋やシャベルを届けたり、マップを渡して情報提供したりしていた。
どこに誰が何に精通しているのか、災害時にどんな活動ができるのかなどをまとめた「災害時の人材データバンク」みたいなものがあるといい。手話ができるとかスペイン語が話せるとか、そういうレベルまで様々な人材を網羅できるといいと思う。

3、行政など他団体との連携を、という意見

高橋:私も所属している青年会議所は、社会福祉協議会と防災協定を結んでいて、今回も初動は早かったと思うが、情報のズレがあり、市のボランティアと民間のボランティアが重なってしまうことがあった。全体の最適化を図るためにも、現場のボランティア団体と社協とで情報のズレを減らすような取り組みが必要だと感じた。
また、今回は支援物資の調達にも関わったが、大事なことは大量の備蓄ではなく連携だと感じた。例えば土嚢袋ひとつとっても、いろいろなところに連絡すると何千枚単位で在庫がある。特定の団体が大量に備蓄するのではなく、みんながそれぞれ意識して少しずつ保有しておけば、今回のような災害にも対応できる。そのためにも、個人のボランティアだけでなく、地域で活動を行っている団体のネットワークづくりが必要だ。

災害後の青年会議所の活動を丁寧に解説してくださった高橋さん

原田:地震に対しては丈夫に作るしかない。むしろ水害に対する防災バリエーションが必要だと感じる。上林さんから紹介された調整池機能、貯留機能は大事だが、スタジアム単体で防災面を強化するより、行政の議論にしっかり参加していくことが重要。ボラセンの運用をスタジアム独自で作り込むのは面白い。ただ、球団が全てをマネジメントするのは難しい。こちらもやはり市や社会福祉協議会と一緒に議論していくことが大事であり、行政の議論に参画する仕組みが必要ではないか。

半澤:9月の水害のあと、ボランティアの受付に並んでいるとき、年配の女性が「炊き出しならできるけど泥出しはできない」と話していた。得意分野を登録できるシステムだといい。連携というところでは「消防団」はどうだろうか。団員数は県内随一であり、スポーツボランティアと関連づけすることで、さらに多様な動きができるはず。

磐城国道事務所長として、道路や河川といったインフラから防災を考える原田さん

高橋(2):災害から間もないタイミングで「ビア博」が開催されていた。こちらは復旧作業や泥かきの作業にあたっていたので、地元の若者がたくさん来ているのを見て忸怩たる思いがあった。たしかに、いわきFCがボランティアを担っていくのもいいなと感じる。スタジアムでの日常的なボランティア活動が地域に関わるハードルを下げ、災害時の動きにつながる。

委員の発言のあとの「まとめ」として

自身の考えを述べる大倉代表

大倉:スポーツボランティアの話が出たが、イベント開催に関わるボランティアだけじゃないものをこの地域に作る必要があると思う。むしろ、ボランティアのなかにサッカーの試合があるくらいがいい。今回の水害を「自分ごと」として捉えた市民は多くないように感じた。エリアが広いのもあるが、日常的に地域と関わる場や時間がなければ、災害時に「我がごと」として動くことは難しい。それをスタジアムやいわきFCが担っていくことが大事だと思う。

上林先生は各委員の発言をメモしながら議論を整理

上林:スタジアムのような広い建物は「多目的」を掲げることが多いが、実は多目的が「無目的」になってしまい、いざというときに何にも使えないでかいだけの建物になってしまうケースも少なくない。はっきりと目的を掲げて場をつくっていくほうがいい。また、普段から人が居続けられる場所があることも大事だ。普段から「自分たちの場所」だと思えるような場所だからこそ市民にとっての「よりしろ」になる。このあたりのことを読みこみながら、具体的なスタジアムの形に落とし込んでいくことが大事だ。

災害に強いスタジアムとは

では、ここから私見も交えて全体を整理していきます。何人かの委員が話していたように、災害時には情報も錯綜しますから、平時から住民がつながり、どこに脆弱性を抱えているのか、災害時に地域のどの人に声をかければ対応できるのか、というような情報を共有しておくこと、議論しておくことが大事になっていくのだろうと感じました。

その情報共有や議論の「ハブ」となるのがスタジアム、そして、そのスタジアムを使う民間のコミュニティということになるでしょうか。

イメージしやすいのは、ボランティアチームに加入したサポーターが、平時には試合運営や地域活動を支え、災害時には災害ボランティアとして活動するというスタイルです。普段から顔を合わせて活動し、地域のこと、災害のことだけでなく、子育てや福祉などについても情報共有しておけたら災害時にも役立ちます。災害が起きなかったとしても、そのコミュニティはいわき市・双葉郡に欠かせないものになっていくでしょう。

そのコミュニティを、さらに良いものにするためには、スタジアムの中に、その集団が活動したり、研究したり学んだりする「地域活動センター」のような場所があるといい。
ここからは妄想ですが、ガラス張りのセンターにユニフォームを着た人たちが集まり、地域の課題をディスカッションしたり、ワークショップを開催したり、講習会を開いたり。その様子が、試合に訪れたサポーターたちにも伝われば参加の連鎖が生まれるかもしれません。そうしたイベントを試合と合わせて開催すれば参加のハードルも下がります。試合のついでにまちづくりに参画する。とてもいいと思います。

びっしりと書かれたメモ。議論の充実ぶりを思い出す

どこかの地域で災害が起きた場合にも、地域活動センターで、その地域の復興のあり方を議論したり、有識者を招いて考えをまとめたりすることもできるでしょうし、試合の前に、被害の状況や課題を伝えるアナウンスなどをしてもいいでしょう。パネル展示などもできそうですよね。

芝生の上で戦うのはいわきFCのプレイヤーたち。そして、地域というフィールドで戦うのが、いわきFCのボランティアたち。どちらも地域に欠かせないプレイヤーなんだと位置付けられたら、ボランティアたちも誇らしいと思います。選手と同じように「下敷き」になったり「カード」になったりしてもいいですよね。地域で活動する大人たちは選手と同じくらいかっこいいんだと示すことができたら、30年後、いわき市・双葉郡はガラリと変わっているかもしれません。

スタジアムをフックにいわき市・双葉郡を考える

そしてもうひとつ、改めて感じたことが、「スタジアム」というものを通じて地域を考えると、これまで以上にワクワクとした気持ちで「いわき市」や「双葉郡」が見えてくる、ということです。

今回は防災がテーマなので「ワクワク」という言葉が適切かはわかりませんが、「いわきや双葉の防災について考えよ」とお題を出されるより、「スタジアムを使ってより良い防災を考えよ」と言われるほうが、こんなことができたらいいな、これもできそうだなとアイディアが出やすいし、ポジティブな気持ちで議論に参加できるような気がしてくるんです。スタジアムという具体的な存在が、複雑で範囲の大きい問題を考えるときのフックになるからでしょうか。

前回行われたユースフォーラムの模様

スタジアムボイスの収集やユースフォーラムにも共通しますが、漠然と「いわきや双葉の未来を考えよう」と尋ねるより、「スタジアムを使って何がしたい?」と問いかけたほうが答えやすいですよね。それに、これがしたい、こんなことができそうと自分の欲求・欲望をベースに考えているとき、人は自分を主語に考えている。つまり「自分ごと」になっている。

また、「スタジアムを使って何かしたい?」という問いは、スタジアムがいわき市内にできる以上、どこかで、いわきの未来を考えることにつながります。つまり、自分ごととしていわき市・双葉郡について考える行為になっているわけです。それに、みんなが主体的に、自由に、「わたし」を主語に考え出した言葉ですから、分析していけば、スポーツやスタジアム、いわきFCに求められていることも見えてきます。

どれほど屈強で、災害に強いスタジアムを作ったとしても、それを使いこなすのは我々市民。スタジアムを使いこなす、使い倒すためのディスカッションを続ける必要がありますし、そのためのコミュニティも必要です。そこで大事なのが、この「スタジアムをフックにいわき市・双葉郡の◯◯を考える」ということなのではないでしょうか。

試合のたびに、こんな光景が広がっていたら素敵かもしれません

とすると。少し飛躍があるかもしれませんが、スタジアムは「未完」でいいのかもしれません。

完成しないからこそ、「これをつくったらどうだろう」「これが必要だと思う」という議論が生まれ続けます。最初の段階で機能をすべて揃える必要はなく、最初はミニマムなスタジアムだけれど、市民のディスカッションを経て必要な機能がプラスされていく。市民も、それに合わせて絆が強くなり、知識も経験も蓄えられていく。つまりそれが「市民と共に成長するスタジアム」だと言えないでしょうか。

地域の人たちが、スタジアムを使い倒して地域を語り、人とつながり、みんなで地域について考え、ボランティア活動を通じて動き、試合にも地域にも関わり続ける。市民とスタジアムの関わりが深化するほど、スタジアムも成長し、進化していく……。災害という危機について議論したからこそ、そんなスタジアムのビジョンが見えてきた気がします。

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