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S.Candy, C.Potter著 "DESIGN AND FUTURES" には何が書かれているのか

本記事は、カーネギーメロン大学(CMU)の准教授 Stuart Candyが2020年1月に発行した書籍「DESIGN AND FUTURES」の冒頭の方法論「未来を表に出せ!: Turning Foresight Inside Out」を筆者の解釈で読み解くものです。

DESIGN AND FUTURES: デザインと未来

2010年代がデザイン思考のブームだったと言うならば、2020年代はビジョンドリブンデザインがブームになると感じている。気候変動や新型ウイルス、経済競争の疲弊など、もはや1個人ではどうしようもない「問題」が次々に噴出し、今よりも未来を。目の前の問題より長期的なビジョンを。暗鬱とした現実よりも希望溢れる夢を。人々は求めている。体験やサービスといったレベルすらも超えて、社会規模人類規模のビジョン創成もデザインに要請され始めている

先日私も下記のようなツイートをしたが、20世紀は「未来」なんて言わなくても、皆が科学技術の進歩に夢を見ていた。一転、21世紀は敢えて「未来」と付けないといけないほど、未来が見えなくなってしまった現状が現れているのではないか。

アカデミックのデザインの世界トップ校の一つ・CMUは2015年より「トランジションデザイン」(解説記事はこちら)という惑星規模・人類規模での価値観の移行を謳った超包括的・学際的デザインを提唱しており、未来学(Future Studies)や人類学(Anthropologies)と密接に関連するデザインの可能性を語っている。そのCMUの准教授で未来学者のS.Candyが2020年1月に「DESIGN AND FUTURES」という、彼のCMUでの実践や他の専門家との対話をまとめた本が出版されたので、いち早くその内容を書き留めておく。

未来を表に出せ!: Turning Foresight Inside Out

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未来学に関する論文やインタビューがオムニバス形式で収録されており、どのタイトルも惹かれるものがあるのだが、本記事では著者S.Candyのコアの主張となっている、彼の冒頭の論文「Turning Foresight Inside Out: An Introduction to Ethnographic Experimental Futures」にフォーカスする。日本語に訳すなら、Tシャツの裏表を逆にするみたいに、普段は内側に隠れている個人の未来や夢をぐるっと裏表をひっくり返して表に出せ、といった感じか。

結論から言うと、夢や希望・未来は個々人が内に秘めているもので、なかなか表には出てこないもの、カタチにするのが難しいものという前提の元、彼はこれまで参加型でそうした人々の希望や恐怖、夢や未来をワークショップや演劇(LARP: Live-Action-Role-Play)形式で引き出すプロジェクトを実践してきた。その実践知を、EXF(Ethnographic Experimental Futures: 民俗学的実験的未来)というフレームワークに体系化している。

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これがEXF。トランジションデザインのループにも似ている。

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4つの要素からなり、各要素は次のように説明されている。

MAP: 

Inquire into and record people’s actual or existing images of the future (probable; preferred; non-preferred; a combination).

個々人が思い描く未来のイメージ(望ましい、ありそうな、起こって欲しくない等、どのような未来でも良い)を探究(Inquire)・可視化・記録する

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そういえば今パーソンズのダン&レイビーが所属する組織はDesign & Social Inquiry。"Inquiry" はよりOpen-endな想像力を開放するイメージ。

MULTIPLY:

Generate alternative images (scenarios) to challenge or extend existing
thinking (optional, especially in frst iteration).

現在の価値観や既存の考え方を拡張するために、MAPで夢想した未来観とは異なる(Alternative)イメージやシナリオを創成する

MEDIATE:

Translate these ideas about the future/s into experiences; tangible, immersive,
visual or interactive representations

夢想した未来(単数or複数)のアイデアやイメージを体験に変換する(具体的なプロダクト、グラフィック、物語、インタラクティブなアウトプット)

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MOUNT:

Stage experiential scenario/s to encounter for the original subject/s or others, or
both.

作成した実験的なシナリオやアウトプットを、元々のテーマや現在の価値観、他人のイメージや意見と突き合わせて望ましい着地点を探したり、合成したりする

MAP(2週目):

Investigate and record responses.

一連のループの中での自身の気づきや他者の反応を調査・記録する

ということになる。ものすごくシンプルな4ステップとして書かれているので、簡単そうに見えるかもしれないが、これを個人の夢、組織の夢、人類の夢と複数のエンティティが相互依存的に絡み合った「総体としての未来」を紡ぎ出す行為として、プロジェクトで実践するのは容易なことではない。

私個人としては、「デザイン」と名乗る以上、超抽象的なコンセプトや哲学、夢やパッションを可視化に持っていく "MEDIATE" のプロセスが鍵になると感じている。いかに人々に未来を語らせるか。そしてその抽象的でもやもやしたものをいかに具体的なカタチに結晶化させるか。

SDGsをはじめとした、未来に向けてのスローガンや議論が今後盛んになっていくと思うが、理想を言説や思想の形で唱えるだけで終わるのではなく、超抽象的なキーワードから具体的なカタチに結晶化することで、人々により高い解像度で未来を想起させ、建設的な議論や実行フェーズに繋げようとする意志がMEDIATEのプロセスに詰まっている。

これは最近の自分の実践活動の中でも感じたことである。2019年には京都工芸繊維大学Design Labデザインリサーチャー・イン・レジデンスとして、トランジションデザインを実践し、2050年の未来を京都から夢想するプロジェクトを行ったのだが、そこでもいかに想像の未来や架空の未来観を人に伝達するか、という点でデザインの力が必要になった。

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また、2020年1月にはパーソンズ美術大学にてダン&レイビーがスペキュラティヴ・デザインの次として提唱するDesigned Realities: Not Here, Not Now(ここでもなく、いまでもない)」の集中講義を受講したのだが、同様のエッセンスを感じた。彼らが提唱するのもまた、想像の世界をデザインの文脈で可視化する力。想像力と物質性(Materiality)をどうMEDIATEするのか、という問いである。

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ダン&レイビーは2015年よりRCAからパーソンズに拠点を移した

ダン&レイビーはもうスペキュラティヴとは言ってない、という事実は遣唐使としてまず日本に持ち帰らないといけないと感じているので、どこかでまた語る機会があればと思っている。

未来研究(Futures Research)との関連

この論文では、個人やグループの持つ未来観がどのように形成されるのか、時代に応じてどう変わっているのかなどについて、未来学も同様に研究対象としていることに触れ、このEXFの考え方は参加型で個々人の持つ未来観を具体的なカタチに可視化することを助けると位置付けている。

デザインリサーチ (Design Research)との関連

また、EXFの考え方を使うと、不確定要素の強い未来や人類規模の価値観の移行をデザインすることを助けるとして、デザインリサーチとの関連についても触れている。

Bill Gaverの引用から、Research for Design(デザインのためのリサーチ)ではなく、Research through Design(デザインを通じて人間の叡智を創成する活動)と位置付け、またLiz Sandarsの引用から、人々の内面にある夢や希望を語らせる生成的なデザインリサーチ (Generative Design Research)と定義している。

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interactiondesign.orgより抜粋

EXFの各ステップで有用な質問集

本論文ではこのEXFを実践で使うために問うべき質問を挙げている。

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MAP:
・誰の未来を、そしてなぜその未来を探索すべきなのか?(個人のメンタルモデル、興味、グループの相対価値観など)
・もしグループを対象とするなら、「代表者」はいるのか?
・どう誘発させるのか?(インタビュー、Cultural Probe、対面/リモートなど)
・いつその未来のイメージは形成されたのか?関連する既存のオブジェクトは何か?

リサーチパートナーやエスノグラフィ専門家と協業するのも良い
EFR(Ethnographic Futures Research)はあまり用いない
エスノグラフィの深さも重要だが、未来を様々な側面からあぶりだす幅の広さ(Spectrum)が重要

MULTIPLY:
・見出された未来は拡張したり、よりクリティカルな方向性を模索すべきか?

このプロセスは任意。未来を補足したり強化したりして、「現存の未来」を逸脱することに意味がある

MEIDATE:
・どのように、どこで、いつその未来は実際にカタチになるのか?
・作成者は直接的に未来のコンセプトを生き生きと語ることができるか?

FoundFuturesや因果ループ図などのツールを活用しても良いが、最終的には言語ではない「モノ」になるべき
ラピッド・ダーティプロトタイピングで構わないが、カタチになった未来は物語的(Diegetic)よりも象徴的(Symbolic)であるべき

MOUNT:
・どのように、いつ、どこで、誰によってこの実験的なシナリオが現実になるのか?

「未来が実現した」と感じるレベルは人それぞれであると言うことを念頭におく

MAP(2周目):
・誰の、どの反応を取り込むべきか?
・新しい可能性・ニーズ・観点はあったか?それをどう取り込むか?

これらの反応全体を記録して一般に公開しても良い
ループの終わりではなく、次の議題の幕開けと捉える
必要に応じて専門知識・深さをMAPして、ネクストアクションを捉える

全体を通して

個人的に感じるのは、例えば以下の点でこのアプローチはデザイン思考とは全く異なるアプローチと言えるだろう。

・現在のユーザー・生活者の抱える問題ではなく、未来や架空の世界の想像から始まる
超抽象的なコンセプトと超具体的なプロダクトを柔軟に行き来する必要がある
・他者への共感ではなく、自己の夢や想い、パッションが重要になる
・上記を個人の中で実行することもそうだが、参加型で集団や組織の相対的な未来を描き出すことも必要になる
・ループ前提で、一発で最善の答えが得られることは不可能であると割り切っている
・既存のフレームワークやツールに頼れない局面も多々あり、全く新しいワークショップツール自体を作っていく必要すらある(京都D-labのプロジェクトでは知の生成のため下記のようなツール自体を作ってみたことがある)

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京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab(Photo © 松村コウヘイ)

まだまだ発展途上の領域ではあるものの、それはデザイン思考とは異なる可能性を秘めていると捉えることができるため、個人的にはこうした新しい方法論に非常に期待を持っている。

こうした状況を踏まえ、私が2020年に立上げ予定の活動

こうした新しい方法論の登場を踏まえると、例えば「今」に共感する・形作るためのデザインと、「未来」を夢想する・議論を促進するためのデザインは目的もスキルも全く別物である。

自分でも「デザイン」が何なのかがますます分からなくなってきたので、現在デザインという単語の再定義を行い、21世紀のデザイナーのための研修・教育として開発を進めている。私自身が体験・受講してきた最新の論文や、ダン&レイビーの講義の内容なども入れ込んだものを作っていければと考えているので、ご興味ある方はぜひフォローして頂けるとありがたい。

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また、本記事で取り上げたS.Candyも所属している、Speculative Futuresという未来学・クリティカルデザイン・ビジョン戦略等、未来志向の議論全般を扱う国際コミュニティの、東京支部 Speculative Futures Tokyoの立ち上げをサンフランシスコ本部より拝命し、官僚デザイナーでおなじみ、経産省の橋本直樹氏と日米を連携して立ち上げることになった。

3月頃をターゲットに、日米を繋いで初のイベントを東京で開催したいと思っているので、こちらも興味ある方はぜひフォローをお願いします。



相変わらずの長文にここまでお付き合い頂いてありがとうございました。
今年は日本への知の還元も色々と考えていきたいので、未来でお会いしましょう。Not Here, Not Now(ここでもなく、いまでもない)場所で。

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