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質量

中古車でろくに整備もしていないから、サスペンションがくたくたにへたっている。おまけに路面も悪いから、走り心地は最低だ。
  
高架をくぐって右折すると、その先ですこし渋滞している。
近づくとガラスの破片が散乱していて、警官が交通整理をしていた。
どうやら事故が起こったのだ。まだあまり時間は経っていない。

がたがたと、時折大げさに揺れるシートに座っていると、頭が痛くなってくる。助手席で、妻はすうすうと寝息をたてている。窮屈そうに寝返りをうっている。

頭痛を紛らわそうと、運転席の窓を開ける。風のじっとりとした湿度に気づく。雨の気配が濃厚に立ち込めている。空に、濁った雲が見える。

「睡眠時、人間の体重が少しだけ軽くなっている、という発見がなされたのは、ほんの数年前のこと。緩やかなまどろみから、レム睡眠に移行し、夢をみはじめた時点で、体重が減少する」

昔読んだSF小説の書き出しを、なぜこんなにはっきりと覚えているんだろう。著者は忘れたけど、アジアの作家だったはず。

失われた分の質量がいったいどこへ行ったのか、学者たちの論争は混乱を極め、やがてとんでもない学説ばかりになってしまう、というあらすじだった。

「眠っているさいに体重が減少するのは、魂が夢の世界へ向かったためです。魂の質量はこの世界と、我々が夢で迷い込むどこか別の世界を往還するのです。人間の体は、抜け出た魂のぶんだけ軽くなる」

フロントガラスにはすでに小さな水滴がいくつも落ちている。事故現場はとっくに後方に退き、車は再び流れはじめている。動きはじめたワイパーが、視界をゆっくりと遮る。雨脚はさらに強くなるかもしれない。

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