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I look back toward the hill.

あなたとふたりで、雪の降る丘をのぼる。綿のような雪片はひとつひとつがダンスを踊るように、反り返ったり、うつむいたりしながら、たえずそのゆく先を変えつつ、しかしだんだんと地表に向かって落ちてくる。 夏にこの場所を訪れたときには、耳が痛くなるくらいの蝉の声(あなたはそれを蜩だと教えてくれた)に包まれたのだけれど、その声はすっかり雪の舞いへと姿を変えた。

 わたしとあなたは、なにかを話しながら歩いている。でも、何ひとつ頭のなかに入ってこない。 木立のあいだを縫って走る風が頬を切り、すっかり水分を失ったまつげが、まばたきをするたびにかさかさとまぶたを刺す。

わたしとあなたは、寒さに凍えながら、肩を寄せ合うように歩いている。でも、わずかな隙間がある。それは他のひとには分からない。わたしたちだけにしか感知できない、わずかな隙間だ。 お互いそれに気づいていて、でもけして近寄ろうとしない、その僅かな隙間の存在に、お互いに気づきながら、見て見ぬふりをしている。

はじめ緩やかだった勾配はだんだんと強まり、少し体を屈めながら進む。 ふたりとも背中にリュックをしょっているけど、何を入れたのかはさっぱり思い出せない。 一歩踏み出すごとに、リュックの中から背中に、プラスチックのマグの、ごつりとした感触が伝わって気持ちが悪い。けど、背中が痛くならないようにマグの入れ方を工夫する気分ではなかったのだ。 

一歩足を踏みだすたびに、背骨がごりごり削られるようで気持ちが悪い。あなたの背中が痛みを感じているのかは、わたしには分からない。こういうときでもあなたはリュックのなかに整然とものを詰める人であったか。

一緒に暮らしていて、生活の随分細かいところまで目にしていたはずなのに、思い出せなくなっている。同じ家にいて、食事をして、そのときに何を話していたのかさえも、思い出せなくなっている。 横目であなたを見ても、あなたの顔がよく分からない。寄り添っていても、隙間があいている。まつげがちくちくするから、目を開けているのが嫌になってくる。

わたしとあなたはやがて、丘を登りきる。そして振り返って今しがた登ってきた道を一望する。道は時折、蛇の腹のようにしなやかに曲がり、両側には、小さな無数の実をつけたナナカマドが群生している。 刹那、白雪の上に生った、真っ赤なナナカマドの実が、この雪に覆われた丘を燃やす炎のように見えた。

さっきまで凍えていたまつげが、ナナカマドの実から立ちのぼる火によってほだされ、やわらかく湿っていく。いや、わたしのまつげを湿らせるのは、わたしの涙だ。あなたもそれに気づいていると、わたしには分かる。この丘を降りたら、わたしとあなたはもうあの家には戻らず、別々の場所へと向かうだろう。それはずっと前から決めていたことで、少しの後悔もない。

涙を流すことなどないと思っていた。でも、私がいくら押し隠そうとも、わたしの心はいつだってざわめいていたのだった。ナナカマドの炎は丘をゆっくりと登って、こちらへと向かってくる。 ぜんぶ焼かれてしまえばいい。

 ふとした痛みに気づいて手袋をはずすと、右手の親指の付け根に、一本の切り傷が走っている。いつの間にか枝で引っかいたのだろう。じわじわと血液が染み出している。火の色だ。

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