あぶね

おもいだす。アニメの日々。

はじめに言っておくと、このご時世になってなお、「おれは徹夜で仕事した」とか、「忙しくて家に帰らなかった」とかいったことを自慢げに語る人が、少なくなったとはいえ、まだ存在する。この、「俺仕事忙しい自慢」は不快だ。自分のプライドを自虐的に守る、歪んだアピールだと思う。「こんなに長時間働ける俺、いろんな意味ですごいでしょう」みたいな。この文章で、わたしは自分が長時間労働をしていたことを綴るが、「俺忙しい自慢」では、断じてない。忘れそうだから、記録の意味をこめて書いておきたいのだ。

10年ほど前、TVアニメの制作に携わっていた。わたしのポジションは「制作進行」。ヒエラルキー底辺の、パシリである。業務は多岐に渡るが、肝心要は原稿の取り立て。TVアニメは分業制で、監督ないし演出家の指示を受けて何十人ものアニメーターが、同時進行で絵を描く。アニメーターにはフリーランスの人がたくさんいて、自宅で作業をする場合が多い。だから、仕上がった原稿を車で取りに行くのが、制作進行のしごとである。

それで、あらかじめ決めた納期にもとづいて、アニメーターの家へと出向くのだが、まあ期日どおりには仕上がらない。「あとちょっとでできるから3時間待って」とか、ひどいときには真っ白な紙の傍らでぐーぐー寝ているアニメーターに出くわす。事前に電話で進捗を確認すればいい、と思われる方もいるだろう。もちろんそうしている。しかし、実際に面会して急かしたり怒ったり泣き落とししないと、描いてくれない人がたくさんいるのだ。

だから制作進行は、昼夜問わず東京都内を車でひたすら周回するはめになる。練馬で原稿ができたと聞けば車を走らせ、杉並で仕事をさぼっているアニメーターがいれば急行して文句を言う。そしてその人のアパートの近くに張り込んで、1時間毎にドアをたたく。「もう間に合わないんで、ほんとうにお願いしますよ!」と叫ぶのだ。納期を守ってくれないアニメーターがたくさんいると、進行の仕事は地獄と化す。とくに家が遠いアニメーターには殺意を覚える。横浜とか、埼玉とか。その人の原稿を回収するだけで往復3時間を使うので、まったく効率がわるい。

そんなかんなで、わたしは年間365日中、355日働いた。年間休日10日である。1日の勤務時間は、短い日で16時間、長い日は24時間だ。昼過ぎ、15時くらいに出社して、スムーズに行けば翌朝7時とか8時に退社。スムーズに行かないときや、昼に試写などの予定がある場合には24時間営業である。1ヶ月のうち、最低でも10日、下手をすると25日くらいは家に帰れない。会社の床に寝袋をしいて、そこで寝る。新人の制作進行は自席の床で寝る。ベテランの制作進行は、人気のない廊下の突き当りや、会議室などの、比較的いいポジションを占拠している。本棚や布団、食料などをもちこんで、会社の一角を自分の部屋みたいにしている先輩がいた。勝手にそのゾーンに足を踏み入れると怒りだすのだった。

(つづく)

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

読んで下さりありがとうございます!こんなカオスなブログにお立ち寄り下さったこと感謝してます。SNSにて記事をシェアして頂ければ大変うれしいです!twitterは https://twitter.com/yu_iwashi_z