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弾力のある強さを! --- 映画 「東京2020オリンピック SIDE:B」レビュー

映画が始まる前に、パンフレットを買いました。SIDE:AとSIDE:B、両方買いました。思えば東京オリンピック関連のプロダクトを購入したのは、これが初めてかもしれません。

私は2022年8月3日の両国国技館で行われたボクシングのチケットを持ってました。あの愛らしい入江聖奈選手が金メダルを獲得した日のチケットです。しかしそのチケットは届かず、味気のないダウンロードしたチケットのPDFデータしか手元には残りませんでした。

海外の開催と何も変わらず、テレビで見るだけの五輪。十分に楽しんだけど終わってみれば幻だったような気もする、そんなオリンピック。でも公式グッズとは言えないかもしれないけれど、シンボルマークがエンボス加工された本作のパンフレットは、ようやくオリンピックの証を手に取ることができた気がして、少し嬉しい気持ちになりました。

T-JOY横浜のスクリーン1、レイトショーの回。SIDE:Aに続いてまたしても貸し切り状態。観客は私一人です。もはや東京オリンピックは完全に過去、ということなのでしょう。良いことも、悪いことも…。

河瀬直美監督の東京オリンピック公式記録映画は2部構成。第1部はアスリートの活躍を描いたSIDE:A、続く第2部が舞台裏にスポットを当てた今回取り上げるSIDE:Bになります。

コロナ禍による延期、そして無観客開催と前代未聞の事態に見舞われた東京大会です。今大会の裏方の一部始終を記録映画として残すことは十分すぎる意味があります。これは反対派、賛成派両方の方々にご理解いただけるはずです。

もちろん連日の報道や、その後の特集番組やネットのアーカイブ等により、私たちはあの時期にどんなことが起こったのか、たいがいのことは知っていますし、調べればわかります。しかしそれらの報道が出来事を速報として伝えていたとしても、それはまだ五輪の熱狂と様々な喧騒の中での発信であり、一年以上の時間をかけて冷静に「東京2020オリンピックとはどのような大会だったのか」を振り返るようなメディアはありません。あるわけがないのです。この記録映画ですらこの入りなのですから。

でも、こうして簡単に忘れ去ってしまうことで、結局得られた知見は活かされず、過ちは繰り返されることになります。東京2020という場で起こった出来事が、閉会式の聖火のようにあっさりと消えてなくなろうとしているのです。河瀬監督は本作でそれをなんとか形に残そうとしています。長い時間をかけてじっくりと映像を吟味し、編集したものを冷静に眺めることで見えてくるものは確かにあったと私は思います。

例えば、コロナが収束して少しずつコロナ前の日常を取り戻しつつある現在、本編中で比較的時間を割いて語られた宮本亜門の五輪中止論などは、五輪が無事に終わった今聞いているとなんだかひどく大げさな感じもします。でもそれは笑っちゃいけないところで、まだ何もわかっていない時点で宮本亜門もすごく色々と考えたうえで中止論を表明してるわけです。それを軽々に愚かだとか臆病だとか言うことは私にはできません。あの時、日本人いや世界中の人たちはみんな本気だったんです。それをちょっと思い出しました。

ただこれは私の持論なんですが、全員が本当に真面目に、一生懸命に考えてしまうと、意見はまとまらないんです。おそらくそれぞれがどこかに不正直というか、緩い部分を持っていないと物事はまとまらない。佐々木宏と野村萬斎の対立などはその最たる例で、この二人の件はカメラにバッチリ収められているのでぜひ劇場で確認してほしいです、まあすごいんで。

そして、多分その緩さを誰よりも上手く使ってきたのが森喜朗だったのでしょうが、最後の最後というところでその緩さが不祥事という点で露呈してしまいました。そして、その森喜朗退陣後、JOCは12名の女性理事が任命されることになるわけなんですが、この女性理事たちの発言がまたなんともいえない「悪い意味での一生懸命さ」に満ちたもので、ココ河瀬監督の編集の切れ味がものすごいです。この直前に集められた12人の女性が実際どれほど機能したのかはわかりませんが、橋本聖子は苦労させられただろうなと思います。

途中、バスケの3on3の会場設営を仕切る女性が出てくるんですが、この女性は12人の女性とはカラーがまるで違っていて、私は彼女の言葉が本編で一番印象に残っています。文言は不正確だと思いますがこんな感じのことを言っています。

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「コロナで一年延期になって、やるかやらないかわからない時もあったし、それだけに辞めていく人間もたくさんいた。そんな中で今残っている人間はまあまあ強いんで。」
「今こうして作業しているみんな、コロナの感染者が増えていいなんて思って作業している人は一人もいませんよ。」
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この強さです。ここ正確に書き起こしたいのですが、正確に記す術が無く残念です。とにかく上手く言えませんが12名の女性理事の言葉に感じる「とにかく硬い強さ」とこの人の言葉に宿る「緩さのある強さ」はまるで違う。「緩さ」という言葉に弱さを感じるのであれば「弾力がある強さ」という言葉のほうが相応しいかもしれません。同じように選手村の食堂を仕切っていた男性も同じ「弾力のある強さ」の持ち主でした。

強烈な逆風の中、度重なる無理難題を一つ一つ解決して東京2020を何とか形にしたのは結局こういう「弾力のある強さ」を持った人たちによるところが大きいと思うんです。申し訳ありませんが正論ばかりをまくしたてる人たちがあまり役に立った印象はありません。むしろ日本人の「悪いほうの一生懸命さ」が1ミリの譲歩も許さない不寛容へと転化し、それぞれがぶつかりあうことでどんどん悪いほうに向かって行ってしまったのではないか。この作品を見て私はそんな風に感じました。
そしてこれからの時代に求められるのは多少のトラブルや不愉快な出来事を「弾力のある強さで」受け止めることができる寛容さなのではないかと思うのです。

東京2020の直前にその「寛容さ」の象徴ともいえるイベントがありました。敵も味方も同じように応援する日本人の応援ぶりが話題となったラグビーワールドカップ2019です。あのイベント全体を包む暖かな寛容さこそ、私にとってのスポーツイベントの存在価値そのものでした。あの空気をなんとか取り戻したいと私は切望しています(そういえば、あのRWC2019を招致した当時の日本ラグビーフットボール協会会長は森喜朗でしたね)。そのためには私自身もまた強く寛容であらねばと強く思わされた、SIDE:Bはそんな作品でした。

そんなわけで、これで私にとっての東京2020は一区切りです。繰り返しますが開催できて本当によかった。河瀬監督、本当にお疲れさまでした。

※パンフレットのプロダクションノートは必読。凄まじい制約の中でこの作品が撮影されたことがよくわかります。よくぞここまで…。

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