バーミヤンにて

 バーミヤン近郊の洞穴の中。ある男が年端もいかない少女をそこに幽閉する。粗末な木組みのベッド、毛布、そして空っぽの甕二つ。あるのはそれぐらいのものである。少女は尿意を催す。男は甕の1つを指差す。仕方なく少女は甕の上にまたがって下腹部に力をこめる…

 男は銃を握っている。少女は逃げられない。男は書物を取り出し、その内容を暗記するように少女に言いつける…

 男は世界を覆う雲のことについての話しをする。厚くたちこめた雲のせいで私達は青空を見ることができないでいる。誰かがこの雲をとりはらわなくてはいけない。私達は空を取り戻さなくてはならない。黒い布で顔を覆った男は言う。少女は頷く。何度か首を横に振ったことがあったが、その時には銃の柄でこれでもかというほどに殴られてしまったので頷く以外の選択肢は思いつかなくなってしまった。頷いているうちに男の言っていることが正しいのかもしれないと思うようになる。素直にしていれば優しくしてくれる。甘い水だって貰える…

 男は少女に服を着せる。そして政府軍が見張りをしている検問所のところへ行くように言い聞かせる。できるだけ多くの兵士を引き寄せてから、ポケットの奥に隠されたスイッチを押すように言い聞かせる。少女はすでに言いなりだったから虚ろの目でうんうん頷く。このおつかいをこなしたら、ご褒美が貰える、と男は言った。ご褒美って何、と少女が尋ねた。君の名前が巨大な石に彫り込まれる。少女はぴんとこない。そうなるとどうなるの?その石は頑丈で、どんなことがあっても決して壊れたりなんかしないから、君の名前は永遠に残り続けることになる。君は永遠に忘れられずにいることができる。それはとても幸福なことだ…。少女はぴんとこない。しばらく間があってから、少女は「甘い水は貰える?」と聞いた。好きなだけ貰えるようになる。と珍しく男は笑顔を見せた。さらに間があってから少女は言った。

「またそんな風に、笑ってくれる?」

 男は虚をつかれたようで、一瞬硬直した。しかしすぐにいつもの表情を取り戻し、確信に満ちた声で「もちろん」と言った。

 …そして男は少女を送り出した。その日はよく晴れていて、少女が何年かぶりに見た空は抜けるような青だった。空気は澄んでいて、はるか遠くにある検問所もよく見ることができた。

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