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【連載小説】少年時代 後編#49

「たけし、早くダンボールに詰めなさい」

母がヒステリックに言うが気乗りしないポンタは引越しが明日と迫っているのに、片付けがほとんど進んでなかった、机の引き出しの中からは思い出の品が次々と出てくる、

サッカー大会でもらった賞状、図工の時間に書いた三上山の絵、そしてもったいなくて開けられなかった奈々からもらった大きなハートチョコレート、それは部分的に白く変色していた、

奈々からもらった手紙が出てきた、奈々のスキなピンクのくまちゃんの封筒を開けポンタはもう一度読み返してみる、

そんな事をしているから全く片付けははかどらない、


引越しの日、朝から引越し業者が大きなトラックでやって来てバタバタとポンタの家を出入りしている、

業者は手慣れたもので片付いていないポンタの荷物をテキパキと箱に詰め次々と持ち出してトラックに乗せてゆく、

ポンタは呆然とその様子を眺めていた、

あっという間にポンタの家はがらんどうになった、ポンタは何も無くなった自分の部屋に立ち尽くしていた、部屋に昨日までの温もりはすでになく生活感の失せた無機質な冷たい四角い箱のようだった、

本当に今日でこの家ともお別れなんや、ポンタに引越しという現実が突きつけられた、

ポンタの父がガチャリと玄関の鍵をかける、もうこの家はポンタの家ではない。


出発の時が来た、ポンタは車に乗り込んだ、

ようちゃん、のいねめ君、はざま君、古賀君やサッカー部のみんなも見送りに来てくれた、

「これオレたちから」

車の窓からようちゃんが本屋の紙袋をポンタに渡した、ポンタの好きな両さんのコミックが三冊入っていた、

「ありがとう、途中で読むわ」

「ポンタ、元気でな、手紙書くから」

「オレも書くから、四国にも遊びに来てや」

それでは皆さんお世話になりました、とポンタの両親は見送りの人達に会釈をして車は動き出した、

「ポンターっ、元気でなー!」

「ありがとーう、みんなも元気でなー」

車に向かって手を振るみんなにポンタは窓から身を乗り出して大きく手を振る、

ポンタは見送りの姿が見えなくなるまで手を振った、そして三上山と共にみんなの姿は見えなくなった、


四国に向かう道中淡路島に立ち寄った、
鳴門のうずしお観潮船に乗る、
「うずしお凄いわねー」
母ちゃんと父ちゃんは身を寄せ合い恋人同士の様だ、

ポンタは、観光なんて気分ではない、うずしおなんてこんなもんか、とうかない顔で船のデッキにあるベンチに腰掛け、はしゃぐ二人を眺めていた、
目を閉じるとみんなの顔が一人一人浮かんできた、

ようちゃん、

のいねめ君、

はざま君、

古賀君、

サッカー部のみんな、

野木先生、

房子先生、

なんで、なんで、お別れせなあかんかったんやろ、ポンタの目からまた涙が溢れた、

「たけしっ、もうすぐ着くわよっ」

母の声にポンタは目覚めた、

そや、四国への車の中やった、いつの間にか寝ていたポンタは窓から外を見ると、なんと目の前に三上山があるではないか、

「え、三上山やん!帰ってきたん?」

ポンタは声を上げた、

「あの山ね、讃岐富士っていうのよ」

「へーっ、さぬきふじかー」

大好きな三上山とそっくりな讃岐富士、新しい家から見えたらええな、とポンタは思った。


つづく

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