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今夜、すべてのバーで 6.

※こちらの内容は、ウェブサイト(現在は閉鎖)にて2016年~2019年に掲載したものを再投稿しています。内容等、現在とは異なる部分があります。ご了承ください。

友人が、もうすぐ東京でバーをオープンさせる。
5年ほど前、共通の友人である凄腕パティシエの田頭さん(コンディトライ・フェルダーシェフ)に紹介され知り合ったその人は、とてもとても個性的な人だった。

その日、伊勢丹新宿店さんでの催事最終日を迎えられた田頭さん、スタッフさんとの会食の約束をしていたぼくは、新宿にあるトラットリアへと向かった。
着くと個室に案内され、そこで田頭さんから「ぜひ紹介したいおもしろい友人がいるんです」と伝えられた。
しばらくすると仕事を終わらせ駆けつけてくれたのが、もうすぐバーのご主人になる佐伯さんだった。そして「以前からプチメックさんの大ファンなんです。お会いできてとても嬉しいです」と恐縮至極なご挨拶をしてくれた。

話を聞けば聞くほどおもしろい人で、経歴といい何から何までどこを切り取っても、ぼくがこれまでに知り合ったことのないタイプの人だった。
途中、席を外され戻ってこられた際、彼から唐突にこう言われた。

「今日はお会いできてとても嬉しいので、1曲歌っても良いですか?」

唖然とするぼくの横で田頭さんとスタッフさんはニコニコされている。だって、そこはカラオケボックスじゃなくてイタリアンのお店なんだから。
「あの・・・お店の方は大丈夫ですか?」と訊くぼくに、「はい。許可をいただいてきました。個室なのでドアさえ閉めていただければ、とのことでした」

結局、1曲で終わらなかったのは、ぼくが次々とリクエストをしたためだった。
アカペラで披露してくれた佐伯さんの歌声を初めて聴いたぼくは、鳥肌が立った。

この人は一体、何者なの?

なんと、彼は4オクターブもの声が出るらしい。また、ここでは割愛するけれど歌に関して過去には驚くような実績もある人だった。

数年前、「しばらくLAに行くので、その前に一度、西山さんのお店でライブをさせてもらえませんか」と相談されたことがある。
ぼくは二つ返事で承諾し、チケットを出して有料のライブにするのかを確認した。うちの店で音楽ライブをやる場合、定員は約50名になる。これを有料ライブでやるとなると、音楽を生業にされている方々であっても事前告知などをちゃんとやらないと定員になるまでに時間がかかる。
ところが彼からの返事は意外なものだった。

「有料でやるつもりですが告知とかは要りません。周りの方々から『やってよ』と言われているので、知り合いだけで少なくとも80名から100名にはなると思います。だから減らさないといけないくらいになるはずですから」

いくら歌が上手すぎるとはいえ、プロの歌い手でもなければ無名といっていい彼にそれだけの集客力があるというのは半信半疑だった。
ところがライブ当日、フタを開けてビックリ。著名な芸能人からお祝いの花が届くわ、お客様は定員をはるかに超えるわの大盛況だった。
本当に不思議な魅力を持った人だ。

彼は誰もが憧れるような会社で、とてもやり甲斐のあるお仕事を最近までされていたけれど、あの新宿のトラットリアで初めてお会いしたときから「ぼくが最終的にやりたいのは、バーなんです。だから何年後かには、バーをやっていると思います」と話されていた。
そして、いよいよそのバーの内装工事がはじまった。
彼のお店ならぼくも通わせてもらえそうだ。
ただし彼の交友関係は、アッと驚くような人たちが本当に多いし(お店のロゴデザインをされた方もとても著名な方です)、とても人気者だからお店も人気店になるに違いないから、下戸のぼくは迷惑にならないタイミングを見計らって行かねばならない。

もうすぐ、『今夜、外苑前のバーで』という日がやってくる。


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