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パンの名前 5.

※ こちらの内容は、ウェブサイト(現在は閉鎖)にて2016年~2019年に掲載したものを再投稿しています。内容等、現在とは異なる部分があります。ご了承ください。

「パンの名前」の話を書こうと思ったのは、日比谷の店がオープンして早々に作家の万城目さんにお越しいただき、立ち話をする中でパンの名前について訊ねられ、ぼくが上手く説明できず窮したことにはじまっている。

そのときのことを万城目さんは、連載中のエッセイでこう綴られている。

『・・・贔屓にしているパン屋「プチメック」が日比谷にオープンしたので、さっそくパンを買いに赴いたら、西山逸成さん(社長)に出会った。
ひさしぶりに四方山話をするなか、ケースに並ぶ食パンが「パン・ド・ミー」という名前だったので、「よく『パン・ド・ミー』って目にしますけど、あれ、どういう意味です?私のパンてことですか?」と訊ねたところ、「フランス語のミーはmieなので、私じゃないです。意味はそうですね・・・、食パンの外側があるでしょ、その内側というか何というか」とどうにも説明しづらそうである。

「つまり『身(ミイ)』ですか?」と軽くボケたところ、同じ関西人であるにもかかわらず、「いや、そうじゃなくて」とものごっつい素の反応が返ってきた。
あ、距離感。
このとき、私ははたと了解した。
人は己の仕事に関することを冗談に絡められたとき、うまく切り返せない。かくなる私も・・・』
(週刊文春 4月26日号より抜粋)

パンの説明以上に、関西人であるにもかかわらず、うまくツッコミを入れることができなかったことに悔恨の念がこみ上げ、打ちひしがれそうになる。

”ミ” は白い部分(クラム)を指すので、いま思えばそのまま伝えれば良かったけれど、説明しながらふと自分の中で引っ掛かることがあった。

仮に「パン・ド・ミの ”ミ” は白い部分のことを指すので、そこの(多い)部分を食べるパンという意味でパン・ド・ミと言います。だから食パンのことなんです」と説明したとする(多分、間違ってはいないと思う)。

でもそうだとすれば、いわゆるイギリスパンとも呼ばれる山型食パンやハードトーストもパン・ド・ミに含まれることになる。
ということはパン・ド・ミというのは総称で、そこにはイギリスパンやハードトーストも内包されていて、その中の一つが角食(食パン)ということなのか。
だとすると厳密にはパン・ド・ミ = 角食(食パン)でなく、パン・ド・ミ ≒ 角食(食パン)とも思えるし、正確には「パン・ド・ミの中で蓋付きの型で焼いたものが食パンです」が正解になる。

フランスパンと呼ばれる総称(個人的には俗語の方が近い気がする)とバゲットという名称の関係と同じ感じかな、とぼくは思っているけれど、どうもこういったパンの呼称や名称は曖昧に思えて説明が難しい。

食パン型に蓋をせずに焼いて、焼き上がりが山型状になるパンを山型パンと呼ぶのはその名の通りだし、お店によってはそれをイギリスパンあるいはイギリス食パンと呼ばれるのも、その形がイギリスからきたことに由来すると知れば、なるほどと思える。

ところが今度は、ハードトーストという名前が腑に落ちない。
「ハードトーストって、なんですか?」と訊ねられれば、「フランスパン生地のように卵や砂糖、油脂の入らないシンプルな生地を型に入れ、蓋をせず食パンのように焼いたものです」と説明するだろうし、美味しいパンだとは思っているけれど、どうもハードトーストって名前がな・・・
「どうしてハードトーストという名前なんですか?」と訊ねられたら、これもパン・ド・ミ以上に困る気がする。

見た目は山型の食パンであっても油脂が入らない生地だから、Hardと付けたくなる気持ちはわからなくもない。でも、どうしてそこにToastなのか。
で、「ググれ、カス」とか言われたら嫌だから一応ググってみた。

トースト(Toast)は、スライスした食パンを加熱し、表面に軽く焦げ目をつけた食品である(Wikipediaから抜粋)

うん、知ってる。

ハードトーストという言葉を初めて聞いときには、ぼくなんて ”焼き過ぎた食パン” を思い浮かべたのだから。
この ハードトーストって名前は造語だったような気もするけれど、パン・ド・ミといい、ハードトーストといい、パンの名前って抽象的で上手く説明できないものがあるなと思った。

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