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それだけです

パン屋さん時代に考えたこと、やってみたこと、使ったもの 10.

「特別な小麦粉を使わなくても美味しいパンは作れる」と、ぼくが思ったきっかけをもう一つ。

2000年代初めごろ、12月になると当時コムシノワさんのシェフだった西川シェフを中心に関西のパン職人さん、業者さんなど100名以上が集まるクリスマスパーティーが毎年催されていた。
毎回、お店それぞれのパンやシュトレンを持ち寄り、ぼくは ”これなら同業の方々に食べてもらっても大丈夫だろう” とパンドカンパーニュ(ルヴァン)を持参した。

大きなテーブルに色んなお店のパンが並べられ、広い宴会場のあちらこちらで歓談がはじまったころ、テーブルの方から「すみませーん、これはどちらのお店のパンですか?」と誰にともなく訊ねる声が聞こえてきたので目を向けると、ベッカライ・ビオブロートの松崎さんだった。

いま更ぼくの説明など不要かと思うけれど、店名からもわかるように松崎さんはドイツパンの凄腕職人であり、お店では日々必要な量だけを自家製粉してパンを焼かれている。そして使用されている材料全てがビオという徹底ぶりで、関西どころか全国という範囲で考えてもこれほどまでストイックなパン屋さんは稀有な存在だと思う。

そんな彼が手にされていたのは、なんとぼくが持って来たパンドカンパーニュ(ルヴァン)だった。
恐縮しながら彼の傍へ行き「プチメックの西山です。これは、うちのパンです」と伝えると、丁重な言葉遣いで小麦粉は何を使用しているのかを訊ねてこられた。
使用しているのはいつもの小麦粉で、一瞬ではあるけれど答えるのを憚られた。
ニップンさんには申し訳ないけれど、普通過ぎる銘柄が ”あの松崎さんに” 伝わるのかな(認識あるのかな)と思ったからだった。

「ニップンさんのFナポレオン(準強力粉)とキリン(ライ麦粉)なんです」

「えっ、それだけですか?」

「はい、それだけです・・・」

「それだけで、こんなに味が出るんですか」

「みたいです」

活字では伝わりづらいと思うけれど、このとき松崎さんはかなり驚かれ、そしてパンドカンパーニュをとても褒めていただいた。
ぼくはそれが嬉しくて、その後パーティーが終わるまで意気揚々としていた。

2001年といえば、ぼくにとって起死回生の1冊となったと言って過言でないCasa BRUTUSさんと昨日書いた料理王国さんが刊行された年であり、パン業界の重鎮ビゴさんと福盛先生にご来店いただいたのもこの年だった。
フランソワ・シモンさん、ビゴさん、福盛先生から過分なお言葉をかけていただき、こうして松崎さんからも嬉しいお言葉をいただいたパンは、いずれもニップンさんの一般的な小麦粉で作ったものだった。

クリスマスパーティーから帰路につく間、「特別な小麦粉でなくても美味しいパンは作れる」 というぼくの確信は、ゆるぎないものになった。

つづく





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