見出し画像

小説書きのトレーニング・メソッド | Jul.6

昔、教えてもらった小説書きのトレーニングメソッドを思い出したので、久しぶりにやってみた。
ストーリー全体を構想するのではなく、展開に沿って話を広げていく練習だ。

ルールは、パラグラフごとに概ね「起・承・転・承・承・転・承・承・転」と展開させること。それだけ。
最初に適当に書いたパラグラフを引き継いで、次のパラグラフでは進め、次では変化を加える。これを何度か繰り返していく連想ゲームみたいなものだ。
結果、こんな始まりで、こんな展開になった。
やはりこれは、文章脳の良いストレッチになる。

--------------------------

 間も無く梅雨が開ける季節、彼は大型のオートバイで久しぶりに海岸線の道路を走っていた。早朝の道路には車はまだ数えるほどしかいない。寝不足をこらえて、日の出前から出かけてきてよかったと、彼は思った。
 砂浜には朝の散歩をする人たちがところどころにいる。リードを伸ばしてもらった犬が、気持ち良さそうに波打ち際を走っているのが見えた。

 3日続いた雨も上がり、空はところどころに雲があるだけだ。朝の空気の心地よい冷たさが、ジーンズを通して伝わってくる。気持ちの良い天気だ。
 ヘルメットのシールド越しでも山の稜線がはっきりと見える。この天気なら今日の1日ツーリングは気持ちよく走れるはずだと彼は確信した。

 視界の左に動くものが見えた。
(犬が飛び出してくる)
 彼は直感でそう判断した。
 大型の犬が、ガードレールを飛び越えるのがスローモーションで見えた。彼はアクセルを戻し、ロックする覚悟で前後輪のブレーキをかけた。

(間に合わない!)
 フルブレーキのまま、彼は両膝でタンクを絞った。車輪がロックするのがオートバイ全体から伝わってくる。視界にはまだ犬がいた。
(轢いてしまう!)
 オートバイが右に傾き始めた。彼はハンドルを固く握りしめる。オートバイと一体化した体が、だんだんと右に倒れていく。道路が視界の中でゆっくりと縦になっていく。

 右のハンドルが地面に着く寸前、対向車線に車がないことに気が付いた。海岸線の直線の道路だ。見える範囲に車がなければ、自分が轢かれることはない。あとは怪我が大きくならないように、うまく転ぶだけだ。
 彼とオートバイは完全に横倒しになり、ゆっくりと回転しながら対向車線を滑っていった。

 滑っていく途中で、彼の手はハンドルから離れた。
 それまで等速で滑っていた彼とオートバイは、二つに分かれ、それぞれのスピードで転がっていく。
 革のライダースジャケットの背中をアスファルトに削られながら、彼は反対車線の歩道に向かって滑っていった。反射的に丸めた背中だけが地面に付き、両手と両足は宙に浮いている。オートバイは彼の数メートル先を滑っている。地面に擦れたマフラーからかすかに小さな火花が上がっているのが見えた。オートバイと彼との間の距離は、少しずつ広がっている。

 スピードが緩んできた。
 自分がオートバイに追突することはなさそうだ。あとは縁石に上手にぶつかれば、大きな怪我もしないですむ。
 首がぶつからないように、両手をヘルメットからはみ出した襟足に回した。その途端、彼の体は山の上から落とされた丸太のように、ぐるぐると回り始めた。
 体が回るごとに膝や腰、首をかばっている肘が地面にぶつかる。痛みを感じるより早く、彼の体は回転し、視界に入ってくる色が目まぐるしく変わる。
 うつ伏せになった瞬間、彼は一か八かで肘から手のひらを地面に強く押し付けた。これでスピードが落ちれば、縁石にぶつかる前に止まれるかもしれない。
 だが、その試みにはそれほど大きな効果はなかった。
 何度か転がり、彼の体は吸い付くように縁石に衝突した。

 横倒しになった体が縁石に張り付いたまま、犬が飛び出してきたあたりに目を向けた。飼い主が走って彼の方に向かってきていた。
 いつの間にか犬はガードレールの向こうで座っている。無事のようだった。 
(再びガードレールを飛び越えたのか)
 彼は意識を失う寸前、唇の端を少しだけ歪めて笑った。
「無事なら、とりあえずはいいか」
 誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

ぜひサポートにご協力ください。 サポートは評価の一つですので多寡に関わらず本当に嬉しいです。サポートは創作のアイデア探しの際の交通費に充てさせていただきます。