ソリトン、アイデアを書き留めること | Jul.1

先日来、まとめて読んだ小説作法には「とにかくメモをする」と共通して書かれていた。

アイデアはどこで降ってくるか、どのタイミングで湧いてくるのか、わからない。湧いたと思えば、裾を翻すように、すぐに消えてなくなる。
小説作法を書いた作家たちは「その前にメモをしろ」と言っていた。

見方を変えれば、突然湧いて出てくるアイデアは、「記憶しなければ」と脳が判断するほど重要視されていないということでもある。
アイデアそのものは、人間が生きていく上では必要のない、ささやかで、何にも影響しないものなのだ。

「波同士がぶつかりあっても、干渉もせずに進む波があるのを知っているか?孤立波と言うんだ」
物理に造詣の深い友人に、そう教えてもらったことを思い出した。

布には糸が必要で、刀には玉鋼が必要で、物語にはアイデアが欠かせない。素材なくして、完成品を作ることはできない。
だからメモを取る。
メモするときの字の汚さは、問題ではない。
書き留めることだけが重要で、読みやすさ、綺麗さは二の次、三の次だ。

そうしてメモには、取り憑かれた霊媒師が自動書記で書いたような、およそ字とも思えないような線の羅列が残る。
書いた本人にしかわからない暗号だ。
紙の上をのたうちまわる線を読み直すと、その場ですら文字にならなかったことまでが浮かび上がる。

やがて、インクの線の終わりには、まだ続きがあることに気づく。
そうして物語は広がり、あるいは先に進んでいくのだ。

商店街の文房具屋でA5サイズのノートを6冊買った。
60枚の無地の再生紙が、表紙とリングで束ねられたものだ。
淡く色がついたノートの紙にブルーのインクで文字を書くと、地合いの色と相まって、鮮やかな青に深みが加わることを知っている。

僕はブルーのインクの入った水性ボールペンとともに、そのノートを部屋の中の様々な場所に置いた。
デスク、ベッドの枕元、トイレ、浴室、キッチン、常用している二つのカバンにもそれぞれ1冊ずつ。

アイデアをすくう網の用意はできた。
あとは網の柄を持って、浮かび上がるアイデアを絶えずすくい上げるだけだ。
鍋に浮かんだカスをすくう天ぷら屋の主人の姿が、僕の頭に浮かんだ。


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