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クリームソーダと戦争の影響、社会とのスタンス | 日日雑記 / Aug.9

長い梅雨の間はいい加減にしろと思っていたというのに、梅雨が明けてからの暑さにも早くも閉口して、またもやいい加減にしろと思い始めている灼熱の東京。
エアコンを適切に使いましょうと呼びかけるテレビの中からの声にも、そんなこと言われなくても使うわ、と毒づきたくなる始末である。

コロナ禍で父の墓参もできず、江ノ島あたりまで海を眺めに行くこともできない今年の夏。せめて飲み物くらい夏らしいものを、と昔から続いている古びた喫茶店でクリームソーダを飲んだ。
窓際の席はガラス越しに外の熱気が伝わってきて、思った以上に暑い。
テーブルに置かれたソーダの上のアイスクリームも、みるみるうちに溶け出して、鮮やかな緑色のソーダを濁らせて行く。
グラスの周りにはすぐに水滴がつき、コースターに流れ落ちて行く。
「特別な夏」と、都知事が看板を掲げたところで何がどう変わるわけでもない。看板作らせてる暇があるなら、もう少し仕事をしている印象を醸し出すくらいのことをやれば良いのに。

今日は長崎の原爆忌。
夜は終戦関連のテレビ番組を見て過ごす。
読売新聞主筆の渡邉恒雄のインタビュー番組は、なかなか興味深かった。
戦争体験が共通言語となってしまった世代の不幸は、戦争を知らない子供たちである僕には到底想像もつかないものだが、高度成長期と時を同じくして成長してきた僕らの世代は、戦争体験者の後悔と苦悩と悲嘆と、もしかしたら反省に包まれ、育まれてきたのかもしれない。
これまでそんなふうに考えたことはなかったが、かつての僕らと、今の10代の彼らとの違いは、もしかしたら外的環境 —— 戦中戦後の社会の価値の転換に影響された心理的要因によって構築された社会規範 —— の違いが、決定的な差異となっているんじゃないかと感じた。

僕はモラリストでもなんでもないけれど、今の社会的常識にはついていけないと感じる瞬間が少なからずある。
かつての社会的常識とも折り合いは悪かったし、この国の本質的な何かとは根本的にソリが合わない体質なのかもしれないけれど、ただ反抗していれば済む年齢でもなし、最近は過去とも現在ともうまく適合しない原因を考えるようになってきた。
世界の何たるかも知らず、すべてを世の中のせいにできた頃が、なんと幸福だったか。
常識というものがこの星にくらすすべての人の最大公約数で出来上がっているのだとしたら、共通する部分より、ずれてしまう部分が大きいことも頷ける。あとは当てはまっている部分と、ずれている部分のどちらに重きを置くのかによるのかもしれない。
僕のように根本的ひねくれ野郎は、人と同じであるよりも、差異がある事を自然と思うから、ずれていたところでどうということもない。知りたいのは社会と自分との間にどれだけの距離があるのか。それだけで。
その距離のことを別の言葉でいえば、「社会とのスタンス」となるのだ。

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