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読書記録2022 『銀河英雄伝説』 田中芳樹(再通読) 〜 理想の政治形態とは何なのだろう

 「仕事の場では政治と野球の話はしてはいけない」というのは昔からまことしやかに言われていることなわけだが、「ノンポリは最もポリティカルだ」というジョー・ストラマーの言葉を胸に成長してきた僕としては政治に満足したことなど一度もなくて、不満不愉快が臨界点に近づくと『銀河英雄伝説』を読み直すのが習慣になってしまっている。
 発表されてすでに40年にもなるというのに、一度読み始めると相変わらず途中でやめられないカッパえびせん状態で、今回も創元推理文庫の全10冊を3日ほどで読み通してしまった。

 社会を治めるために最も良い政治形態とは何なのか。昔から疑問で、今日までずっと考えてきてなお答えが出ない。
 「そんなの民主主義に決まってるじゃないか」と言われても、テレビ・新聞・ネットで漏れ伝わる政治の有り様は時間を経るごとにひたすら劣化の一途を辿っているようにしか見えないし、民主国家(であるらしい)日本に生まれ育ってきた身にしても「日本の政治形態がいちばん!」と言われて納得できる気はしない。
 専制政治というと暴虐な王が国民を虐げ、塗炭の苦しみを味わうという絵柄を想像してしまうけれど、仁政の模範、王の統治の見本と語り継がれたぎょうしゅんも、どちらも帝政の絶対的な君主だったわけで、行なっていたのは専制政治だったわけだ。
 本作でも公正な統治を行う専制者を支持することと、堕落しきった共和政治を守ることのどちらが正しいのか、作中で何度も問いかけられる。その度に現実に存在する専制国家、軍政の国、共和国、民主国家を自認する国の数々を頭に浮かべては、どれがいちばん理想に近いのかがまったくわからなくなる。
 今回、改めて通読して、愚かしくもようやく気づいたのは、民主主義の逆側に存在するのは専制主義ではなく君主制であって、専制独裁主義の逆側にあるのは自由主義であるという初歩的なことだった。
 世界にあるいくつかの国を見れば一見民主的な手続きを踏んでいるように見えて、実際は独裁国家という国の存在に気づく。形骸化した民主主義は独裁主義と並立可能な脆弱なシステムだとも言えるわけだ。これがベストかと言われたら、とてもじゃないがそうとは思えない。
 日本のようにお上のやることに不平不満はあっても反抗することもなく、ぶつぶつ言いながら最終的に従う国民性、政治がなんとかしてくれるだろうという根拠のない期待をずっと保ち続けている国にあっては、民主主義が正しく機能しない気がする。おそらく共産主義に変わったところで専制国家に変容する世界新記録を樹立する程度で、結果としては似たり寄ったりの酷さに着地する確率は高い(ぶつくさと文句が言える分、今の方がマシというだけで)。
 こうした国にあっては立憲君主制というのは意外に合っているのかもしれないと、先日崩御されたエリザベス女王の葬列を見て感じたのだった。

 本作では専制君主が率いる帝国と民主共和制を掲げる勢力がぶつかり合いながら、読者に対して最も良い政治形態とは何なのかを問いかけてくる。
 作品の都合上、地球から銀河系に広がっていった人類の末裔が二つの体制に分かれて衝突している構図なのだが、現実的なことを言ってしまえば帝政国家と民主国家が並び立つことは珍しくないし、親密な関係性を持つことだってザラにある。
 何より他の銀河から別の敵が襲来したとしたら、双方は衝突してる暇などなく、協調するはずで、そう考えると対立構図に陥っていること自体、物語の都合なのだよなあと考えたのだった(あくまで両側の陣営がどうしても衝突しなければならないんだろうかと考えた結果として)。

 とはいえこれだけ繰り返し読んでもまだ面白いのだから、やはり著者の田中芳樹の力量はすごいのだ。掘っても掘り尽くせない本作の面白さは、中国の歴史に造形の深い著者ならではの考察、想像の深さによるものであるのは間違いない。

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