見出し画像

包丁を研ぐ

実は生まれてこのかた、最近まで米を買った経験がなかった。
ずっと米農家を続けてきた伯父が作った米を送ってもらい、伯父が亡くなった後も、田圃を引き継いだ従兄が作った米しか口にしてこなかったのだ。

歳をとり、米を食べる量も減ったのを機に、従兄から送ってもらうことをやめて、スーパーなどでいろんな銘柄を少量買って食べ比べをして楽しんでいる。
産地や品種によって味が違ったり、自分の好みの味がわかって面白い。
昔はうまい米とまずい米でははっきりとした違いがあったものだけれど、今、棚に並んでいる米はどれも美味く感じる。
決してなんとかウイルスで味覚がおかしくなっているわけではなく。

米といえば、無洗米もすでに一般的になって、買う人も多い。
洗米ほどの手間も惜しいと感じてしまう余裕のない世の中もどうかと思うけれど、省略できるものは省略するに越したことはないのかもしれない。
それでも僕は炊飯の前に糠を落とし、水を吸わせて炊く一連の流れが好きなこともあって、無洗米ではなくノーマルな米を買う。

かつては、米は「研ぐ」ものだったが、精米の技術が発達したおかげで、洗えば済むものになった。無洗米というネーミングも当初は違和感があったけれど、研がなくなった今となっては正しいネーミングになった。
僕も今ではプラスチックのシェーカーに米と水を入れて、ガシャガシャと振るだけになった(これで十分に足ります。簡単でても濡らさずに済んで、オススメのやり方)。
米に少量の水を足して、親指の手のひらあたりでゴリゴリと米粒を研ぐ音もそのうち懐かしいものになるのかもしれない。

包丁はいまもまだどうにか「研ぐ」ものとして残っているけれど、将来は包丁も洗うだけのもの、切れなくなったら捨てるものになってしまうんだろうか。
水を吸わせた砥石に傾けた包丁の刃を当てて、一定のリズムで研いでいく「シュッシュッ」というあの音もやがて聞かれなくなる日がくるのかもしれない。

従姉の娘がお年頃になった頃、唐突に「いい男の見分け方ってある?」と聞かれたことがあった。
「いい男」の意味するところがわからなかったので、結婚する相手という基準ならという前提で「包丁を上手に研げるかどうか」と僕は答えた。
彼女は「ふーん」と、それ以上は何も言わなかったけれど、考えてみれば包丁が研げるからといって何が優れているわけでもない。
彼女の旦那が包丁を研げるかどうかは聞いたことがないままだ。


(余禄)
つい「ノーマルな米」書いてしまったけど、ノーマルな米ってなんなんだろう。アブノーマルな米もあるのか?

ぜひサポートにご協力ください。 サポートは評価の一つですので多寡に関わらず本当に嬉しいです。サポートは創作のアイデア探しの際の交通費に充てさせていただきます。