見出し画像

蒐集癖ナシ、所有欲ナシ

ずいぶん長く写真をやってきたわりに、作品を買うことに興味がない。
写真展などで「これは良い作品だなあ」と思うことはしばしばあるのだけれど、SNSにアップされた写真でも、雑誌に載った写真でも、代替物があれば、それで満足してしまう。

フィルムの現像もプリントも自分でするし、写真の勉強も独学ではあるが、かなり積んできてはいる。だからオリジナルプリントの力も意義も、プリントを見ることでわかることも、一応は理解している。
それでもWEBの画像、スマホの画像で満足できてしまうのだ。
理由がさっぱりわからない。

もともと収集癖とか所有欲は希薄な方だった。
集めることが目的になった経験は覚えている限り一度もなかったように思う。
我が家にはかなりの量の本があるが、それは読んだ結果、積み上がったゴミと構造的には同じだ。

消費しないものには関心がないし、ただ高級というものにも興味がない。
何か一つぐらいあるだろうと頭を振り絞っても、最初に欲しいと思ってからもう7年も買わないままの万年筆ぐらいしか浮かばない。

筆記用具にしても、なんでも良いというわけではなくて、自分が使いやすいと思えるものさえあれば、それで十分と思っているだけだ。
油性ならビックボールペン、水性ならゼブラのジェルボールペンの太字があれば十分。ノートは無地のA4ならなんでも良い。
いちばん使いやすいのはダイソーで売ってるクロッキー帳だったりする。

去年、心臓を患って、一度心臓が止まったとき、これで性格も変わったりするのかなと病室で想像していたが、1年近くたっても、自分では変化があったようには感じない。
物欲の希薄さは以前からのことだし、それにいくらか拍車がかかったかなあ、程度のものである。

誰に言っても笑われそうで、口にしたことはないけれど、「もしかしてこれが悟りの境地ってやつか?」と思ったがあった。
残念ながら犬と数学は相変わらず苦手だし、オクラとじゅん菜は相変わらず嫌いだし、バカな輩はそれ以上に嫌いなままだ。
これで悟っているはずがない。
(そもそも精神世界など、物欲以上に興味がない)

いろんなものを自分から剥ぎ取って行った時に、いったい僕は何に関心があるんだろうと、自分をよく観察してみたら、何より関心があるのは自分自身のことだった。
自分のこと以外に興味がないって、最低の結論とは。
世の中は、なかなか複雑にできている。

ぜひサポートにご協力ください。 サポートは評価の一つですので多寡に関わらず本当に嬉しいです。サポートは創作のアイデア探しの際の交通費に充てさせていただきます。