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樹 恒近
2021年11月4日 13:49
駅のホームにある狭い待合室が僕の読書席だ。 学校の帰り、賑やかに喋りながら下校する同級生たちが電車に乗り込んで行くのを見送りながら、僕は毎日、日が暮れるまで小説を読む。規則正しい毎日の習慣だ。 誰かから話しかけられることもなく(最初は同級生たちがうるさかったけれど、じきに誰も喋りかけなくなった)、夏には冷房が、冬には暖房がちゃんと入る。ベンチの座り心地は良いとは言えないけれど、贅沢を言えばき
2021年10月26日 00:21
その古本屋では本を量り売りしている。白髪の眉が垂れ下がり、背中も曲がった店主は店の奥の狭いカウンターに座ったまま、客が選んだ本を秤に乗せては値決めをしていく。あらかじめ値札を貼らないのは、量るのが本の物質としての重さではないからだ。本の重さは変化しないが、内容の重要さは時代によって変わる。目まぐるしく変化する現代社会では昨日まで価値があったものが、今日には価値が半減することもあるのだ。店主は本の
2021年10月24日 22:41
「日本語お教えします」自宅の門にそんな張り紙をしてから1ヶ月後、日本語を習いたいという宇宙人がやってきた。本物の宇宙人なのかどうかはわからない。本人が自分は宇宙人と言っているのだからそうなのだろう。「わし、この星に赴任してきてもう2年たちますねん。うちの星の決まりで着いた土地の言葉を喋れるようにせなあかんのやけど、わしの言葉、どこで喋っても笑われますのんや。そないにけったいでっしゃろか。わ
2021年10月23日 12:23
その古い喫茶店には年季の入ったレコードプレーヤーとモノラルの大きなスピーカーがあった。人通りもまばらなビルの裏にひっそりと佇む喫茶店は、それでも絶えず一人二人の客がいた。店の中にはいつもジャズが流れていた。リクエストもできる。ソニー・クラークの“Cool Struttin'”をリクエストしたときのことだ。店主はレコード棚ではなく、CDラックに手を伸ばした。「レコードはないんですか?」と聞くと