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それ、間違ってますよ【短編小説】2000文字

秋は子供たちにとってイベント盛りだくさんの季節。
運動会、稲刈り体験会、遠足、焼き芋大会、マラソン大会、発表会。
杏奈あんなの通う保育園でも感染対策をしっかりして、保育士さんたちがイベントを開催してくれた。
今年が年長の杏奈にとって、保育園での最後のイベント事が規模縮小版だったとしてもいい思い出となった。
人数制限で大好きはおじいちゃんには客席で観てもらえなかった発表会の妖精役は、ママとパパがしっかりビデオに撮ってくれていた。

「あんなちゃん、じょうずだね~。」
お友達が杏奈の書いてた文字を見て言った。
小学生になるに向けて、保育園ではひらがなの練習が始まった。
お昼ご飯を食べたあとの活動で年長組はひらがなのおけいこをしている。
杏奈の字は4Bの鉛筆で濃くはっきり書かれている。
『あんな』はどれも書くのが難しいひらがなだが、家でもお姉ちゃんと一緒に書いているので、小学生になる頃にはひらがなで名前は書けそうだ。
「あら、杏奈ちゃん。鉛筆の持ち方ちょっと違うかな~。」
保育士の先生が杏奈の手を取って直してくれる。
「ほんとうだー。あれ?あんなちゃんの『な』のかくじゅんばん、まちがってるよ。せんせーい。」

夕方、ママとお姉ちゃんが杏奈を迎えに来た。
お姉ちゃんは中学生で、今は高校の受験勉強に励んでいる。
バレー部引退後は頻繁に迎えに来てくれたが、今は受験勉強の気分転換と言って迎えに来てくれる。
家に帰るとお姉ちゃんは夕飯の時間までリビングで勉強している。
杏奈はその隣で今日先生に教えてもらった鉛筆の持ち方をおさらいしている。
「おねぇちゃん、こう?こうもつの?」
「そうそう、もうちょっと鉛筆をお兄さん指に寝かせようにして・・・」
「あんなの『な』ってどうやってかくの?」
「ん?書いてたじゃん。昨日も名前書いてたじゃん。」
「ゆうちゃんにかくじゅんばんちがうっていわれたもん。」
「そう?書いてみ。あー・・・そうだね、点は3番目に書いて、最後にくるっと。そうそう。」


杏子きょうこは隣で一生懸命自分の名前を練習している妹を愛しげに見つめる。
年が離れているから、一緒に遊ぶというよりは面倒を見てあげているような気持ちがあり、これが保健体育で習った母性というものなのか、と感じている。
妹は素直だと思う。鉛筆の持ち方や書き順を指摘されても、その間違いを直そうとがんばっている。

今日、杏子は担任に志望校について考え直すよう言われた。
「土屋さんなら、もう1つ上のレベルを目指せるけど。」
「でも、この高校のバレー部に入りたくて・・・。」
「んー、強豪校っていうわけじゃないよね。部活だけで選ぶんじゃなくて、自分の学力で目指せるところも視野に入れてみて。まだ時間はあるから。」
担任のアドバイスはわかるが、杏子はこの高校に行きたいのだ。
観覧は保護者のみだったため、今年も大会を観に行くことはできなかった。
でも、中学1年の時に従妹の応援で行った大会から、ここのバレー部に憧れていたのだ。
まず、ユニホームが半袖でかっこいい。他のチームは長袖が多いが、ここは春高で見るようなかっこいい半袖だ。
それに髪が長くてもいい。春高に出るような強豪校の選手は留学生を除いてほぼショートだ。髪が長くてもいい学校で、そこそこのレベルでバレーをするならこの高校だった。
しばらくは大会を観に行けないが、従妹から今でも頭髪ルールがないことは確認していた。
この想いを担任に言えたらいいのだが、杏子は言えないでいる。


「おじいちゃん!」
「よぉ、杏奈ちゃん、杏子ちゃん。久しぶり。杏奈ちゃん、妖精の衣装が1番似合ってたぞ。ほれ、杏子ちゃん、勉強の合間の差し入れだ。社員の出張土産だがな。」
「ありがと。今どき出張なんてあるの?リモートとかじゃないの?お父さん、ずっと部屋にいるよ。」
「あー、奴は出社しようがリモートしようがどちらも同じような仕事だからな。」
「おねぇちゃんずるい。」
「お姉ちゃんに分けてもらいなさい。・・・やっぱり日本各地の特産品のような物を扱う会社はな、その物が生まれた場所に行って、生み出した人たちと触れ合って、それをひっくるめて商売してるんだよ。」

2人の祖父は地元では就職希望先上位の中堅企業、花丸商事の社長である。
この祖父の父が設立した会社だが、同族経営にはしたくなく、次の社長は息子ではなく、現副社長にと考えている。
息子も社内システムを開発している方が性に合っているらしく、今では会社で見かけることもなく、リモートワークが軸になっているようだ。
ここ2年で世間の仕事の仕方は急激に変わっていった。
社も遅れまじと思ってはいるようだが、社長自身の経験や先代も自ら地方に赴く姿を見てきているため、それを否定するようなやり方に抵抗を持っている。そして、それを質そうとする輩がいない。
「じゃあ、帰るよ。2人の顔を見たかっただけだから。お茶ごちそうさん。」
息子の妻が入れてくれたお茶を飲み干し、席を立つ。
「おじいちゃん!のみおわったコップはおきっぱなしにしないの!ママのところにもっていくんだよ。」

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