すききらいすき【短編小説】2000文字

遮光カーテンの隙間から柔らかい光が差し込んでいる。
これが7月や8月だとこの時間でも「今日もこんがり焼けるような日差しになる予感」がする光だけど、最近の天気予報の確率からしても、この光で日中の天気はわからない。
昨日は晴れでもさっぱりとタオルケットが干せず、少し乾燥機にかけた。
乾燥機にかけるとタオルケットはふんわり、太陽の力で乾かすとパリッと。そんな気がする。

ふんわりしたタオルケットには彼と一緒にくるまって寝ていた。
彼の腕が私の腕にからまって心地よく温かい。
まだこのぬくもりに包まれていたいけど、余裕をもって朝のテレビ体操をするために、そっと抜け出す。
リビングはひんやりしている。さっきのぬくもりの余韻を消そうとしている。
冷蔵庫から麦茶を出してコップ半分ぐらいを飲む。キッチンの窓を開ける。
まだ蝉の鳴き声が聞こえる。
この夏、朝聞こえてくる鳴き声の主がアブラゼミだと彼に教えてもらった。最近、ツクツクボウシが蝉であることも知った。

泡立てない洗顔料で顔を洗う。2年ほど前から使っているクレンジングバームはお気に入りだ。ここ数年はスキンケアに注力している。肌の調子がいいと、デパコスじゃない化粧品でも十分だと感じている。
デパコスにバイト代を浪費していた大学時代の自分に教えてあげたい。
大学時代は化粧品、今は基礎化粧品に重きを置いている。
どちらも綺麗でいたいということは共通している。

Tシャツ短パンに着替えて、エプロンをつける。
電気ケトルでお湯を沸かす。
これから朝のテレビ体操の10分前までは朝食作りに全集中する。
エプロンはいいものだ。料理をしていると知らない間に服が汚れている。
一度、若緑色のカットソーを着ているときにごぼうの皮むきをしたら、点々とシミがついてしまった。とれない。結構気に入っていたのに。
それから料理や洗い物をするときはエプロンを必ずしている。
エプロンはお母さんがするもの、というイメージがあったのに。
そういえば、ひとり暮らしのときは持ってさえいなかった。
電気ケトルで沸かしたお湯は、自分では白湯のつもりで飲んでいる。
最近ようやくこの習慣を再開した。
8月は暑くて飲めなかった。
冷たい麦茶で胃と頭を研ぎ澄まし、白湯で身体の隅々に1日の始まりを伝えていく。ちびちびと。

朝食のメニューは厚焼き玉子ときゅうりの酢の物、押し麦ご飯、味噌汁。平日はご飯の和食、休日はパンの洋食を基本としている。
厚焼き玉子は卵を4個使って2本作る。
四角いフライパンを温めてオリーブオイルをひく。全体に馴染ませてから卵液を少しずつ流し込む。
一瞬じゅっ痛そうな音がするがすぐに消えて、ぷつぷつと小さな泡が出てくる。
オイルの馴染ませ具合、卵液を入れた温度がいいと箸で巻くことができるが、できないときはフライ返しに頼る。
最近はフライ返しの出番が多い。洗い物はなるべく少なくしたいからできれば箸でけりをつけたい。でも箸にこだわると綺麗な厚焼き玉子ができない。それならば洗い物が1つ増えることを認める。別に鍋の洗い物が増えるわけでもないし。
彼は目玉焼きが苦手だ。白身は好きだが黄身が苦手らしい。
だから、手間はかかるが厚焼き玉子を作る。
スクランブルエッグでもいいが、厚焼き玉子にすると私のお弁当のおかずにもなる。

味噌汁には必ずえのきとにんじんを入れる。
えのきは5等分にして、おがくずを取った石づきは細かく裂く。
手間だけれど、彼はえのきが束になって入っていると嫌がる。
じゃあ入れなければ、とも思うのだが、グルタミン酸で旨味があり、減塩にもなるというのだから入れる。
にんじんは4cmの輪切りを薄く切ってから千切りにする。にんじんの役目は彩りだ。
あとはこれにキャベツとたまねぎを入れる。

テレビ体操の時間を気にしながらメイクをする。
まつげには丁寧にビューラーをかけて、カール力が長持ちするマスカラを塗る。最近はホットビューラーで念入りにまつげを持ち上げる。
この手間はかける程の効果があるのか何度も検討したが、結局は彼の「まつげくるんとしててかわいい。」の一声で続いている。
でも、髪を下ろさずに一つに束ねるのは自分のこだわりだ。
下ろした方がいいと言われたが、一つに束ねた方が全身で見ると顔がすっきり見えると思うし、仕事もしやすい。

体操をしていると階段から足音が聞こえてきた。
テレビから流れてくるピアノの音に合わせるようにトトン、トトンと一段一段丁寧に降りてくる。
「おはよう。」
『・・・おーはーよ。』

体操が終わると食べ始める7時に向けて自分のお弁当を詰めたり、朝食の盛り付けをする。
その間、彼はぼーっとテレビを見ている。
まだこの時季はちゃんと着替えるまでボクサーパンツのままだ。
階段からトン、トン・・・トン、トン・・・とテレビの音に紛れて足音が聞こえる。
彼女だ。
彼女はキッチンで隠れるように私の足元に座り込み、身を預けてくる。
「おはよう。」
『・・・。』
彼女がちゃんと目覚めようとするまでキッチンにかくまいながら、朝食の支度を急ぐ。
『目玉焼き・・・?』
「玉子焼き。」
彼女は目玉焼きが好きだ。ハムをひいた目玉焼き。チーズが乗っているとなおよし。
でも厚焼き玉子も好きなので、平日の私だけが目まぐるしい朝は、均衡を保つにも手間はかかるが厚焼き玉子なのだ。

ドン、ドン、ドン。
今日も7時5分前に起きてきた。
「・・・おはよう。」

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