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ショートショート|思ったことが、すぐ顔に出る

 わたしは、思ったことがすぐに顔に出てしまう。
 そのせいで、クラスでは「顔」なんてあだ名で呼ばれている。最悪でしょ。

 今も、世界史の授業を聞きながら古代エジプトのことを思っていたもんだから、スフィンクスが顔に出てしまった。
 スフィンクスって、大きいんだよ。どんどん大きくなって、教室中に広がる。
 そんでクラスメイトたちに謎解きの問題を出して回る。
 世界史にちなんだ問題だ。

 問題です。
 紀元前31年、オクタヴィアヌスがアントニウスを破り、古代ローマの共和制が終焉を迎えた戦いは何でしょう?

 古代エジプト限定じゃないんだ、出題範囲。意外ね。
 授業をジャックされた先生が怒っている。ごめんなさい。不可抗力なんです。

 机の中で、スマホが光った。
 グループLINEの通知だ。

”「顔」、おまえ古代エジプトのこと思いすぎw”
”え、あいつ、「顔」の顔に出たやつなん?”
”そうに決まってんじゃん、なんだと思ったん”
”いいから「顔」、早く消してよ。授業、進まないじゃん”

 みんな好き勝手言っている。
 わたしだって、出したくて顔に出しているわけじゃないのに。

 こんなクセ、早く治したい。
 どうやったら治るんだろう? ていうか、人間やめたい。
 いちいち面倒くさいよ、人間。

 で、人間やめたら何になろう? 考えたことなかったな。
 スフィンクス?
 スフィンクスは、やだな。

 だって、なんかキモいし。顔も今風じゃないし。ライオンみたいな身体が獣臭いし。

 じゃあ、なんだろ。何がいいんだろ。
 可愛いの。ウサギとか? 可愛いのがいいな。

 あっ! わかった、ラッコ!
 ラッコがいい! 可愛い。超可愛い。
 お腹の上で貝割ったりとかさ。あれ、マイ石があるんでしょ。お気に入りの石。
 お腹のたるみのとこに隠し持っていて。

 って、お腹たるんでるんかーい。
 それは嫌だな。
 せっかく最近、ダイエット成功したのに。

 などと思っているうちに、教室はすっかり海になっていた。
 机も教科書も海水まみれ。
 その水源は当然、私の顔。滝のように溢れ出ている。海水がしょっぱくて、目に染みる。

 そんで今度は、次々とわたしの顔にラッコが出てくる。海に飛び込んでいく。
 出てきては、飛び込み。
 出てきては、飛び込み。
 無数のラッコたちが教室の海を泳ぎ始める。
 そしてあろうことか、ラッコたちは、お気に入りのマイ石を腹のたるみから取り出して、生徒たちを割り始めてしまう。

 割られているのは、さっきLINEでわたしのこと悪く言ってたやつばっかだ。
 割ってやりたいなんて思ったのかな、わたし。陰気だなあ。

 消せ、消せ。早く消せ。
 先生が叫んでいるのを見て、はっとする。

 ああ、そうか。
 この事態はすべて、わたしの顔に出てきたせいで起きているのか。
 そんな。
 わたしのせいで、教室が大変なことに。どうしよう。

 うろたえが、顔に出る。

 うろたえはナメクジみたいに、ゆっくりと動いていく。
 そして先生の肩を触ると、ゆらゆらと揺さぶりながら呑み込んでしまった。

 ええっ、先生消えちゃった。
 唯一の大人が。ちょっと待ってよ。呑み込まれないでよ。

 わたしはさらに、うろたえる。顔に出る。
 さっきのラッコと同じくらいの勢いで、うろたえが顔から飛び出てくる。
 海水の中を自由にゆっくり動いて、ラッコと生徒に掴みかかり、次々と闇の中へ呑み込んでいく。

 稀に見る大惨事。

 もはや収集がつかない。
 思っていることがすぐ顔に出るクセのせいで、えらいことになってしまった。

 どうすりゃいいのかなあ、これ。

 途方に暮れるわたしの肩に、トントン。
 2回叩く、手。
 すぐうしろの席の、イケメンだった。

 なにさ、イケメン。わたし今、いそがしいのよ。

「いや、ちょっと、大事な話」

 だからなにさ。早くしてよ。
 イケメンだからって、調子のらないでよ。

「海水で濡れて、ブラ透けてるぜ」

 恥ずかしさで、わたしの顔から火が吹き出た。
 イケメンは焦げた。

<了>

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