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【小説】ピエロなシエロのおかしなおはなし Part.27

〜隠し味を忘れずに〜

 「おっ!帰ってきたぞ」

 木に寄りかかりうとうとと小舟を漕いでいたシエロは、パタムールの声でハッと目を覚ましました。

 とぼとぼとこちらへ向かって歩いてくる老婆はひどく疲れているように見えます。

 まるでそれはシニーの変装ではなく、本物の老婆のようです。

「よかった、無事で」

 はぁっと深いため息をつき、ふらふらと手を振り回し椅子やら傘やらタバコやらを取り出した老婆はゆっくりと腰を下ろすと、またもや深いため息をつきました。

「どうだった?」

 ふぅ、っとたっぷりタバコの煙を吸い込んだ老婆は、この世の全ての不幸を背負った者のように、それはそれは深いため息をつきました。

「ルーフェさんの居場所がわかったわ。・・・多分」

 普段は勝気な魔女ではありますが、今回ばかりはひどく疲弊したようです。

 先ほどからタバコの煙を吐いているのか、それともため息をついているのかわかりません。

「何かひどいことでもされたのか?」

 シエロは労わるように背中に手を当ててそう尋ねます。

 老婆は気だるそうに首を横に振ると、ぼぉっと空を見上げました。

 そして深呼吸をしたと思ったら、まるで今にも溶け出しそうなほどに脱力し、腰掛けていた椅子に深くその身を沈めました。

「もう、ほんと最悪。マジで、気持ち悪い男だったわ」

 タバコを一心に吸い少しは落ち着いたのか、いつもの活力が戻ってきたようです。

 ひたすらに暴言を、そこら中に撒き散らし始めました。

 こうなると手がつけられません。

 シエロはレタシモン卿に聞きつけられやしないか、ハラハラドキドキとしましたが止めることはしませんでした。

 とばっちりは御免ですから。

 ハァハァと息を切らしながら、身体中に充満していた暴言を吐き出し切った老婆はぐったりと背中を預けました。

「十分ちょうだい」

 シニーはそう言ったきり、目を閉じてあっという間に泥のように眠りこけてしまいました。

「相当大変だったみたいだな」

 まるで死んでしまったかのように目を閉じている老婆を覗き見て、パタムールが言います。

 ふぅ、っと手持ち無沙汰になったシエロは仕方なくレタシモン卿が現れやしないか、彼の住処へと注意を送りました。

 十分が経ったのでしょうか。

 スッと目を覚ました老婆は、んんー背筋を伸ばし、ボキボキボキッと背骨を鳴らしました。

「気分はどうだ?」

 んあぁ、っと何やら最後に残っていた毒素のようなものを吐き出したシニーはすっきりとした表情で立ち上がりました。

「悪くないわ。さて、時間もないことだし準備に取り掛かりましょう」

 老婆はそう言うと自身の家へと続く魔法のテントを取り出しました。

「家に戻るのか?」

 老婆は答える代わりにニヤリと意味ありげな表情を浮かべます。

 その顔は何やら狂気に満ちており、これからレタシモン卿に降りかかる悪夢を想像すると、なんだか可哀想になってしまうほどでした。

 爽やかな風が吹く浜辺を後にし、シエロたち一行は小さな小さなテントの中へと姿を消しました。


「さてと。じゃあまず、作戦会議ね」

 老婆はシエロたちに席に着くよう促すと、ヒョイヒョイっとマグカップを呼び寄せました。

 指の先を擦り合わせるような仕草を見せたかと思うと、そのマグカップからは温かい湯気が立ち昇り始めました。

 タバコを一口、たっぷりと吸い込んだ後、シニーは話を始めました。

「とりあえず、幸いにもあの変態、私にいつまでも住んでいてほしい、なんて馬鹿げたことを言ってるから、戻ってあいつの気を引いている間に忍び込んで。その間にルーフェさんの救出ね」

 頼むからテキパキ動いてよね、とシニーは釘を刺しました。

 1秒たりともあの悪魔とおんなじ空気を吸いたくはないのでしょう。

 老婆は適当な紙をどこからともなく取り出すと、レタシモン卿の家の中の地図を描きシエロへと手渡しました。

「いい?ここから地下に降りて、ここを真っ直ぐ。で、左手に伸びる廊下を進んで一番最初の扉よ。ここにルーフェさんが囚われているはずだわ。ここよ、ここ」

 シニーは地図に線を書き足しながら説明をしていきます。

 最後にルーフェが囚われているという部屋に二重丸を打ちました。

「よくそんなに覚えているなぁ」

 シエロたちは老婆の描いた地図を覗き込みながら感心した様子です。

 ふん、っとつまらなさそうに鼻で笑った老婆は話を続けます。

「で、救出したらここまで逃げてきて。私も後からすぐに追いつくわ」

 老婆はそう言うと「よっこいしょ」と立ち上がり、奥の部屋へと消えていきました。

 すぐに部屋の中から何かが崩れ落ちるような音が聞こえてきます。

「あぁ!」とか「もう!」とか、時折シニー苛立たしげに声を上げていますが、何か探し物でしょうか。

 地図を覗き込んでいたパタムールはふとあることを口にします。

「囚われているってことは、鍵がかかってるってことだよな?」

 シニーが二重丸を打った部屋を足でトントンと叩きながら、パタムールは腕組みです。

「まぁ、普通ならそうなるな」

 シエロは確かに言われてみれば、と思い、さてどうやって開けるのだろう、と考えを巡らせました。

「そこで私の魔法の出番よ」

 両腕いっぱいになるほどに、さまざまな道具を持ち出してきた老婆は自慢げにそう言い放つと、それらをドンっと机の上に広げました。

「今から準備するから、シエロたちはしっかりとその地図を頭に入れておいて」

 老婆はそう言うと、嬉しそうに目を輝かせながら準備を始めました。

 ゴリゴリと石臼で得体の知れない木の実を潰しながら上機嫌に鼻歌を歌っています。

 何やらよからぬことでも想像しているのでしょうか。

 その目は妖しく光り、魔女の本懐を垣間見た気がしました。

「隠し味は、これね」

 その言葉にパタムールは興味津々といった様子で、老婆の脇から顔を覗かせています。

 老婆が何やら緑色のグニャグニャとした物体を入れるのを、シエロは特段やることもなくコーヒーを啜りながらぼんやりと眺めていました。

「美味しくな~れ~。美味しくな~れ~」

 何をこしらえているのでしょうか?

 得体の知れないものが次々と積み上げられていきます。

 いったいどれだけの魔法をこしらえるつもりでしょう。

 嬉々として魔法を練っていく魔女の目はキラキラと輝いていました。

続く。

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