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お試し公開ショートショート集『のうぢる』やぎ座の神話

 パーンは神様の一人でしたが、頭が羊で体が人間という類まれなる気持ち悪さだったので他の神々からいじめられていました。小心者のパーンにはどうすることもできませんでしたが、ある日、パーンが道端で転んでパンツが脱げてケツが丸出しになってぷうと屁が出た時、これまで顔も向けなかった神々が爆笑して肩を叩いてくれすらしてくれたのでした。

 パーンは、道化という生き方を知りました。

 それからパーンはお調子者を演じました。すると期待通り神々が笑ってくれたり構ってくれたりして嬉しかったのですが、心には傷が増えていきました。確かにいじめこそなくなりましたが、道化に成り下がってまでご機嫌を窺う自分の情けなさに辟易としました。しかしパーンはやめられませんでした。やっと手に入れた居場所を逃したくありませんでした。また、あの辛い場所には、戻りたくありませんでした。

 しかし、その鬱積はいつ爆発してもおかしくありませんでした。

 そしてある日、パーンは残酷なまでの現実を知ってしまいました。道化を演じてケツに花を挿したまま野山に散歩に行った時、森の妖精たちが集まって、パーンの悪口で大笑いしていたのでした。しかもそれは、道化を『演じている』パーンを揶揄するものでした。そうです。妖精も、神も、初めからパーンを認めてなどいなかったのでした。いや、むしろこれはただの、いじめの延長だったのでした。

 どいつもこいつもぼくを馬鹿にしやがって!

 だっ、とパーンは妖精たちの元へ駈け出していました。わっ、と逃げ惑う妖精を追いかけ回しました。妖精たちは散り散りになって、一匹は葦に変化して自分の身を隠しました。パーンはその藁を掴み、ぽきりと折りました。赤黒いものがびたびたと垂れ落ちてその時やっと、パーンは我に返りました。殺めてしまった。途轍もない後悔がパーンの頭を胸をぎりぎりと万力のように締め付けて、また気が付けばパーンはその葦を口に咥えていて、

 パパパパーン!

 葦は、笛となってパーンの発狂を高らかに告げました。

 その後、パーンは所かまわず踊ったり奇声を発したりパンツを脱いだり放屁したりして、もはや神々も相手にすらしなくなっていきましたが、唯一笛を吹く時だけは別でした。その時ばかりはパーンも我にかえり、折殺してしまった妖精を思い静かに涙を流すのでした。しかし皮肉にもそんな時の笛の音色は悲しくも美しく、神々をいたく魅了しました。まもなく笛の名手として、パーンは称賛を浴びるようになりました。無論パーンを仲間と迎える神々こそおりませんでしたが、天才は往々にして変わっているものだなんて特別視されるようになりました。パーンは、ついに自分の居場所を見つけたのでした。しかし、パーンは嬉しくなんかちっともありませんでした。ただただ妖精を殺めた罪が重くのしかかり、罪悪感から逃れるように踊り狂うのでした。

 そんなある日、酒宴が川辺で開かれ、パーンも音楽家として招待されました。しかし酒宴が始まったその矢先、遠くから恐ろしい化け物がやってきました。神々は散り散りに、パーンも逃げました。先手の二人が魚に変化して川に飛び込み、パーンも真似ようとしてその時、手元の笛を見たのでした。瞬間、色々なことが過りました。虐めのこと、道化のこと、そして、妖精のこと……。パーンは決心しました。道化として死のう。パーンは全身を魚にせず、下半身だけ魚に変化させました。ちぐはぐな体、期待通り、パーンは溺れていきました。

 しかし突然、ひゅーん、と体が浮きました。大神が大笑いしていました。

「なんと滑稽な姿だろう。このまま朽ちていくのは勿体ない。記念に星座にしてやろう。夜空でその醜態をさらし続けるがよい!」

 というわけで、やぎ座の尻尾は魚なのです。


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