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立派な苦学生、脚色ありきのエッセイ

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立派な苦学生、脚色ありきのエッセイ

最近の記事

酒は飲んでも、飲まんでもいい

 自宅が飲み屋街の近くに位置しているからなのか、頻繁に救急車のサイレンが遠くから聞こえて来ては近づいてその辺で止まる。バイトで稼いだ小銭で安酒を飲みすぎた未成年大学生か、飲まされすぎた新卒か、はたまた社会に嫌気がさして寿命を削る勢いで飲んだくれている中年か。いずれにしても定かではないし、疫病が蔓延しているこの世情であるにもかかわらず、緊急隊員の人たちにこれ以上出動を強要するべきではない。とか思いつつ、この平和で無秩序な街がなぜか好きで、根っこが生えたように暮らしている。呆れな

    • 春を踏み外して

       大半の大学生が卒業すると社会に出るが、私は就活という行事に失敗し、そして飽き、大人になる機会を自ら逃した。それにもかかわらず透明と水色の中間みたいな空を見上げて、呑気に洗濯物を干している。焦燥感を抱けずに焦る、という矛盾に悩まされて、心が春にたどり着く前に空中分解しそうだ。卒業式を終えた今、自分にとって何の意味もない春がやってくる。  呪われているんじゃないか、と思うほどの悪天候の日に卒業式は行われた。三月末のくせに雪が降って、袴の女の子たちが寒そうに身を寄せ合っている。た

      • 何様

         盛夏の貫くような熱線から逃げる生活を続けている。踏み締めるアスファルトは心持ち柔らかい。街角の陽炎がいつかの思い出に姿を変えてこっちを見ている。夏になると、なぜか幼少期のことを思い出しては今を遠ざけてばかりだ。  幼少期、父方の祖父母には大変お世話になった。長期休暇になると、厄介払いで祖父母の家へ送り込まれた。朝も夜もうるさいから。大騒ぎする男兄弟を邪険にせず、いろいろな体験をさせてくれた。それが理由なのか、思い出の中の祖父母の背景は、いつも晴れていた。  あまり大きくな

        • 憩いの場所は閉鎖です。

          夜更かしした次の日の目覚めは、最低で最高だと思う。全身が泥にでもなったかのような倦怠感と、人生がダメになっていく感覚が、自分の輪郭を不明瞭にしていく。これが昭和なら電気ブランを片手に目覚めの一杯を流し込んで煙草でも吸うのだが、令和ボーイの私はスマホで動画を見て朝を拒む試みに出る。まあ、しかし目が覚めてから無為な時間を過ごすという点では、今も昔もあまり変わらないのかもしれない。  いつものように目が覚めて、ある異変を感じた。まぶたがうまく開けられない。季節の変わり目になると

        酒は飲んでも、飲まんでもいい

          野菜炒めで喉を焼く

           煙草は体に悪いと言われているが、はたして本当にそうだろうか。原材料が植物で火をつけるなどの調理方法から考察すると、実質野菜炒めなのでは。あれ、これってつまり、煙草は野菜炒めってこと?  この事実に気づいた時、私の脳に雷光のような鋭い衝撃が走った。「ということは、吸えば吸うほど健康になるんじゃね?」私の住む世界が漫画の中だったら目が飛び出ていたことだろう。これは世界的にも権威のある学術雑誌ネイチャーに論文を寄稿しなくては!と息巻いて文章を綴り始めたが、なぜだか大学を退学する未

          野菜炒めで喉を焼く

          天丼人間

           満面の笑みを浮かべながら、お皿を箸で叩いちゃダメだろ。いつの日かの金曜日、幼いながらにそう思った私は、てんどんまんのことを気が付いたら好きになっていた。彼はこんな言葉とともに登場することが多い。てんてんどんどんてんどんどん。なに言ってんだこいつは。ちなみに、てんどんまんとグーグルで検索すると、予測変換の二番目に『てんどんまん 頭おかしい』が出てくる。  唐突だが私は天丼が大好きだ。どのくらいかと言うと、思わず好きに大をつけてしまうほど好きである。  中でも白身魚の天ぷらが

          天丼人間

          やさしい雨

           二百六十円のコーヒーを二時間かけてようやく飲み終えた。暖かい店内に反して、店員の視線は酷く冷たい。「あと、一口だろ。さっさと飲めよ」みたいな。しかし、それもこれも突然降り出した雨が悪い。  十月某日。出先からの帰宅時に雨が降り始めた。ちょうど喫茶店が目の前にあったので入店して、メニューの中で一番安いコーヒーを注文した。当初、十分くらいで雨が止む見込みでいたが、それを嘲笑うかのように二時間どしゃ降りだった。  コーヒーを飲み終えてしまったらこの場所にいられなくなるため、無料の

          やさしい雨