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酒は飲んでも、飲まんでもいい

 自宅が飲み屋街の近くに位置しているからなのか、頻繁に救急車のサイレンが遠くから聞こえて来ては近づいてその辺で止まる。バイトで稼いだ小銭で安酒を飲みすぎた未成年大学生か、飲まされすぎた新卒か、はたまた社会に嫌気がさして寿命を削る勢いで飲んだくれている中年か。いずれにしても定かではないし、疫病が蔓延しているこの世情であるにもかかわらず、緊急隊員の人たちにこれ以上出動を強要するべきではない。とか思いつつ、この平和で無秩序な街がなぜか好きで、根っこが生えたように暮らしている。呆れながらもなんだかんだ許容しているんだろう。まあ、これを書いている時にもサイレンが聞こえているけれど。
 私は酒が好きではない。飲めないわけではないが、かと言って強いわけでもない。二、三杯ジンジャーハイを飲めば脳がふやけて浮世とおさらばできる。この場合の浮世とおさらばは、眠るということだ。なぜだか酒を飲むと楽しくなる前に眠くなる。毎度、閉じかけた瞼で盛り上がる酒の席を横目に、これは損しているなと思いながら目を閉じる。
 私が酒を好んで飲まない理由は、単に飲む必要性を感じていないから飲まないのだ。酒を飲むくらいならタバコを呑んでいた方が数百倍有意義な時間を過ごせる。酔ったところで楽しい気分になるわけでもない液体を、わざわざ体内に入れてやる義理はない。
 気のいい店主さんがサービスでくれる出涸らしのコーヒーを飲んでいる時の方が意味がある。そして友人とたわいもない世間話でもして、何の生産性もない時間を過ごすことが私にとって大切なのだ。これは実に無駄な行為で無駄な時間だ。きっと酒を飲むことも、喫茶店でダラダラ過ごすことも、共通して無駄であることに変わりはない。人には人の乳酸菌ならぬ、人には人の無駄が必要なんだろう。

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