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野菜炒めで喉を焼く

 煙草は体に悪いと言われているが、はたして本当にそうだろうか。原材料が植物で火をつけるなどの調理方法から考察すると、実質野菜炒めなのでは。あれ、これってつまり、煙草は野菜炒めってこと?
 この事実に気づいた時、私の脳に雷光のような鋭い衝撃が走った。「ということは、吸えば吸うほど健康になるんじゃね?」私の住む世界が漫画の中だったら目が飛び出ていたことだろう。これは世界的にも権威のある学術雑誌ネイチャーに論文を寄稿しなくては!と息巻いて文章を綴り始めたが、なぜだか大学を退学する未来が見えたのでやめといた。加えて煙草の吸いすぎで気管支が焼けたので自重する。こんなものが体にいいなんて、私の妄想だったようだ。
 大学も春休みで、最近は隠居した老爺のような生活を送っている。煙草の吸いすぎか花粉症か、はたまた煙草の吸い過ぎか理由はわからないが、喘息みたいな症状が出始めた。少し体を動かすと「ヒュー、ヒュー」と年老いた馬のような荒い呼吸になる。多分全力疾走なんてしたら、パン!という音を立てて肺が破裂する。不思議なことに煙草だけはやめる気にならない。 
 神社の境内に灰皿が隠されたように置いてあり、そこまで散歩に行くのが日課だ。まだ桜は咲いてないが、春になれば大樹が薄桃色に染まる。それを毎年楽しみにしている。近所の見たことのある顔ぶれが犬の散歩なり、自分の散歩なりで参拝に訪れる。平日の真昼間から神社に煙草を吸いにくる罰当たりな二十代は、私以外に見たことがない。神様、見ているなら愚かな私をお許しください。大学生なんです。得てして堕落する生き物なんです。なんて罪悪感を薄める意味を込めて、なけなしの十円を賽銭箱に放り込んだ。


 冬の淡い青空に登っては消える煙を見ている。側から見たら立ったまま死んでいる男だと思われても仕方がないほど、怠惰がこの体を蝕んでいた。脱力の限りを尽くした表情筋はもはや液体である。体が水風船にでもなったかのような感覚に苛まれるが、不快ではなかった。ちょっと針で刺せば顔中に亀裂が走り、花のように裂けて、脳や眼球などの内容物を地面にぶちまけることだろう。これが現実になったら少し愉快に思う。
 とまあ、なんだか文学ぶった文章を綴ってみたが、これはただの現実逃避だ。基本的に日々あまり深く考えずに生きることを信条としているのだが、最近背後に忍び寄る存在を感じざるを得ない状況になってきた。恐ろしい。これが現実。今年は就活の年だった。
 今年は感染症の関係で大学に登校することがあまりなかった。そのため同級生たちが、どのような就職活動を行い結果を出しているかあまり知らない。それを言い訳にするが、日がな一日その辺をほっつき歩いては「いい天気だなぁ」と世の中を舐め腐った感想を抱く生活、つまり焦燥感が皆無だった。しかし、深く考えてうまく行ったことがないので、何事も腹八分目ならぬ気持ち八合目でこれからも過ごすとしよう。どうも私は真面目が向いてないらしい。真面目なのは眼鏡をかけている見た目だけだな。
 そんな文章を書き終えると、銀ぶち眼鏡が鼻の上でケタケタと嘲笑った。
 

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