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ショートストーリー「おそろい」



日曜日の昼下がり。

家族揃っての外食後、
母の用事で雑貨屋へ寄った。


「水色とピンク
 どっちがいい?」

は?

「おそろいで買おうよ。この手鏡。
 ハイビスカス、可愛いでしょ?」


おそろいって…。
いくつよ、私達。

中1と中3の姉妹が
おそろいの手鏡は
持たないでしょうよ。


「…水色」

「じゃ、私ピンクね」


姉の持ち物は、寒色だらけだ。
特に、水色のものが多い。

だからわざと、
水色を選んだのに。


姉が少しも表情を変えないから、
私の罪悪感だけが膨らんでいった。



***



姉妹という存在は、
思春期になった途端に
どうしてこうも
疎ましくなるのだろう。


少し前までは、
普通に仲が良かったのだ。

姉は私を可愛がってくれたし、
私の方も、何をするのも
姉と一緒にしたがった。


しかし、姉が中学に進学し、
その関係性に綻びが生じたのだ。


姉は私に素っ気なくなり、
私は今まで通りを姉に求めた。

姉は、そんな私が面倒になったのか
より素っ気なく、
より冷たくなっていった。


それが2年前。


しかし、今は逆だ。


私が中学1年生になり、
姉は中学3年生になった。

姉は、以前のように
私に優しくなった。
私は、以前の姉のように
姉に冷たくなった。


姉だって同じだったのに。

なぜだろう。

私だけが悪いことをしているような
罪悪感を抱えているのは。


2年前の私と同じ気持ちを
今の姉が抱いているかどうかも
分からないのに。



***



「行ってきまーす!」
「……行ってきます」


家を出る時間が姉と被った。

今は試験期間だから、
部活動が停止なのだ。

朝練があれば、
姉より早く出られるのに。


「数学、試験範囲広いでしょ」

「…別に」

「私達の時、男子が文句言ったら
 逆に増やされてさぁ。
 ホント性格悪いよね、川原先生」

「……へぇ」


あーあ。
今の私、よくない。

自分でも分かっている。
でも、どうしようもない。

姉が嫌いな訳ではない。
でも、イラつくし
話しかけられると
うるさいと思う。

だからもう、話しかけないで欲しい。
私のことは放っておいて欲しい。


だって、姉といると
嫌な自分にばっかり
なってしまうから。




最寄駅から電車に乗った。
車内は通勤通学のラッシュで
いつも通り混雑している。

すぐ隣の家族とも
会話をする余地はないくらいだ。

少し安心し、安心した自分と
そうさせたこの状況に
またイラつく。



乗降する人の波に抗いながら
20分ほど揺られると、降車駅に着く。

ドアが開くと共に
勢いよくホームへと吐き出される。
少しよろめきながら、
体制を整え、流れに乗って前へ。

少し歩くと、視野が広がり
動きやすくなってくる。


「あ。ともみ」


姉は前方に
友達を見つけたようだ。


「じゃあね」


なおざりな一言を残し、
友達の元へ駆け寄っていった。


合流した2人は、笑顔で
改札へと続く階段を上っていく。

人混みからちらりと覗く
姉の左胸ポケットでは、
ピンクのハイビスカスが
かすかに揺れていた。


うるさいよ。
あー。イラつくなぁ。



***



「どした?
 朝からお疲れ?」


既に8割ほどの生徒が
登校している教室は、
お喋りに花を咲かせる者もいれば
自習に打ち込む者もおり、
各々の過ごし方で賑わっていた。

後ろの席で、頬杖をつきながら
気怠げに声をかけてきたのは、
中学から知り合った、麻子だ。


「そんなことないよ。
 ラッシュにやられただけ」


椅子を後ろに向けながら
笑顔で返す。


「あー。あれは大変そうだよね。
 私なら3日持たないわ」

「いいよね、自転車」

「夏と冬と坂がなければね」

「贅沢だなぁ笑」


あと風もね、と笑い、
鞄からポーチを取り出す。


麻子は、最近買ったという
新しいリップがお気に入りだ。

うっすらとピンクがかっているが、
校則的にはギリセーフのやつ。


手鏡を見ながら丁寧に塗り直す姿は、
女の私でも少し目のやり場に困る。

麻子の唇は、ぽってりと厚く
色付きリップなんかいらないくらいに
しっかりと赤い。


私のカバンに入っているのは、
薬局で買った緑のメンソールリップ。


可愛いリップは、
麻子のような可愛い子が持つから
より可愛さが強調されるのだ。


私には、メンソールが似合っている。


「使う?」


麻子が手鏡を差し出す。
フランフランで買ったと言っていた、
ラメとストーンが
散りばめられたやつ。


「大丈夫。ありがと」


唇の感覚を頼りに、
さっとリップを滑らせる。


左胸が、少し、重い。



***



放課後の部活はなくても、
下校前の清掃はある。
まぁ、当然か。


今月は家庭科室の担当だ。

家庭科室は、2階。
2階には、3年生の教室がある。

1年生の教室がある3階から
階段を降り、
すぐ左手が家庭科室だから、
3年生の教室の前を
横切らなくて済む。

それだけが、不幸中の幸い。


姉に会いたくないのは
もちろんのことだけど、
3年生って、こわい。

声も体も、デカすぎる。
大人みたい。

男子とか、ゴツゴツしてるし、
女子もなんだか……、女って感じ。


少しでも早く2階から脱しようと、
掃除が終わると一目散に
階段を駆け上がっている。


今日もいつものように掃除を終え、
階段を半分ほど
駆け上がったところで、


「ねぇ。そこの1年」


心臓が止まるかと思った。

恐る恐る振り返ると、
やはり私を呼び止めていた。


「はい…」


何だろう。怖い。


「やっぱり。さつきの妹だよね」

「…はい」


朝、駅のホームで見かけた
姉の友人だ。


「これ、あなたのでしょ」


近づいてくるともみさんの右手には、青いハイビスカスの手鏡があった。

左胸に手を添えると、
いつもより膨らみが薄い。


「すみません」


階段を数歩降り、
ともみさんと向かい合う。


「すぐわかった。
 さつき、いつもこの手鏡使う時
 “妹は水色なんだ〜”
 って言うもの。
 さつきが暖色のもの持つの
 珍しいから」


「……」


「さつき、あなたのこと
 本当に好きなのね。
 私、中学からの仲だけど
 1年の時から言ってたわよ。
 “3年になったら妹が
 入学してくるんだ〜”
 って、嬉しそうに」


 ……なにそれ。


「ま。中学にもなって
 姉妹でおそろいの手鏡とか
 ちょっと恥ずかしいかもだけどさ。
 大事にしてやってよ笑」


じゃあね、と手を振り、
背中を向けて去っていくともみさん。



私は。
私だって。

お姉ちゃんのこと、
ちゃんと好きだよ。



***



教室へ戻ると、
帰り支度が始まっていた。

後ろの席では、麻子が
斜め前の女子と笑い合いながら
リップを塗り直している。


着席し、
鞄からは緑色のリップを、
左胸のポケットからは
水色のハイビスカスを、
そっと取り出した。


鏡を見ながら、
唇の上にリップを滑らせる。


「やよい、そんなの持ってたんだ。
 可愛いね」


「お姉ちゃんと、色違いなんだ」


おそろいって言葉は
少し恥ずかしいから
言わないでおくけど。




おしまい。

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