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壱宍 (若槻きいろ)
2023年5月23日 00:08
毎月300字小説企画 第4回 テーマ 靴 その重さでさえ苦痛だったのだ。 軽やかに走りたいと君は庭先に踏み出す。 裸足で水溜まりを蹴散らして、ほら、と笑う。降り注ぐ雨などものとせず、張り付く服に不快を見せず、ひたすら受け止めようとする顔に言葉が何も浮かばない。 土が跳ねて礫が飛んで白い足を汚してく。例え血だらけになっても構わないのだろう。そうしてすべて置いていくのだ。 踏み石に放
2021年5月2日 10:11
300字ss第七十五回 お題:届く 一番最初に忘れるのは、声だという。 三ヶ月に一度、宇宙の果てから一方的な通信が届く。 旅立った君から、はろーはろー、と。 残された僕らに、ささやかな娯楽に似た、ラジオ放送みたいなそれ。 こちらからの手段がない故にその声は片道しかない。連絡するから、と遠距離する人の常套句を言っていたのはいつだったか。ドラマじゃあるまいし、と思ったのを覚えている。
2021年3月6日 22:52
Twitter300字ss 第六十九回 お題 「選」 こっちがいいと、貴女は云った。毛布が洗えるものがいいと。 二人で選んだ洗濯機は、音を立てながら2LDKの部屋の中で僕を圧迫する。 かつて、この部屋では二人の生活が回っていた。自分のものではない音と匂い。帰宅時に明かりが点いているのが嬉しかった。 今はそこかしこに一人分の物だけが散らばっている。 親しみすぎた匂いだけが残り香となっ
2021年2月6日 22:48
夕顔を見よう、と貴方は言った。 八月最後の週末だった。 なんで、そんな顔見せますか。 新しい品種を手に入れたと年甲斐もなくはしゃぐ貴方に、私は呆れた声で呟く。 茜が落ちてゆく時間に、私たちは一つの鉢を囲んでいた。陰って久しい庭先は案外涼しくて、夏夜と言えど外気は私達の体温を少しずつ奪っていく。 明日の朝には枯れ行くこの花が、どうしてそんなに気を引くのかわからない。 なんで、と漏れた声
2021年1月26日 23:05
Twitter300字ssにて。第六十七回 泳 より。とぷん、と揺れた。気付けば底にいた。平行線の向こう側は、透過した青が煌めいている。泡ぶくはひかりに吸い込まれる。自由になりたい。願っていたら魚になった。誰も此方を見やしない。誰も自分に気づかない。愉快だ愉快だ、その筈だった。望めば望む程果てがない。この世界には終わりがなく未来もない。何にもなれない。そればかり