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LGBT映画の祭典「レインボーリール東京2019」最速レポート

今年も、東京に夏の始まりを告げる映画ファン待望のイベント「第28回レインボー・リール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」が開幕しました。

7月5日(金)6日(土)に東京ウィメンズプラザで先行上映された作品の中からトランスジェンダー、レズビアン、ゲイをそれぞれテーマにした3本を鑑賞してきました。早速、各作品レビューをいたします。

なお、スパイラルホールでの本祭は7月12日(金)〜15日(月・祝)に開催。このエントリでご紹介する3本も上映されます。

今年のラインナップは下記のエントリでご紹介していますので、そちらもご参照ください。

世界のLGBT映画の秀作を楽しむ映画祭が今年も東京で開催!

※レインボーリール東京公式サイトはこちら

『トランスミリタリー』

命を賭けて国に奉仕する
米軍トランス兵士たちの本音に迫るドキュメンタリー

■物語

オバマ政権時代からトランプ政権へ変わる数年間に渡って、米軍に在籍するトランス男性・トランス女性の現役兵士たちの人権向上を求めるグループの動きを追ったドキュメンタリー。オバマ政権時代、紆余曲折がありながら軍の上層部と対話を繰り返し性自認に沿った服務規程の適用という権利を勝ち取りながら、トランプ政権に変わりトランスジェンダーの入隊を禁じる方針が呈示され、軍人としての将来の先行きが不安定になっていく様にカメラは迫る。

◾︎解説

米軍には1万5000人以上のトランスジェンダーの現役兵士がいるという。トランスジェンダーが入隊する大きな理由が「就職先がない」ことと「軍隊ならば保険が使える」ということだそうだ。この辺りは国民皆保険の制度がある日本人にはピンとこないところだが、定期的なホルモン投与が必要なトランスジェンダーの方にとって保険の有無は死活問題であるのだということが、冒頭で提示される。

◾︎注目点

米軍の服務規程は「生まれた時に与えられた性別」によって定められており、髪型や軍服など厳密なルールがある。特に髪型は男女によって長さや形などかなり細かく決められており、それがこの作品の一つのキーになっている。

厳密なルールがあるとはいえ、実際の現場ではそれぞれの性自認に応じた性別で軍務に就いている例もあり、この作品はその規定と実際の矛盾にカメラが迫るところが興味深い。

ISと戦うためにアフガニスタンのカンダハールに赴任したトランス男性。少々小柄ではあるものの、ムキムキに鍛え上げた肉体は頑健であり、カミングアウトされなければトランス男性であるとは気づかれないタイプ。

上司の理解があったせいか、彼はカンダハールでは男性兵士の服務規程に沿った形で男性兵士として任に就いている。婚約者は同じ米軍所属のトランス女性。彼女は彼が無事に任務を終えて帰国することを待ちわびているが、彼は今の赴任先だからこそ性自認通りに男性兵士としてクルーカットの髪型にう髭を蓄えて生活できる「自由」を感じている。

(上画像)結婚式を挙げた後のトランス男性・女性の軍人カップル。トランス女性は除隊したので髪の毛を伸ばすことができるようになった。

国内で彼の帰りを待つ婚約者であるトランス女性は男性兵士の服務規程に沿わねばならず、中途半端な長さの髪をオールバックにまとめ男性兵士の軍服で勤務にあたらねばならないことへの不満を口にする。

作中に登場するトランス女性・男性の兵士たちは、それぞれ軍人としての高いスキルと忠誠心が認められ、周囲からの信頼も厚く高い評価を得ている。直接関わっている上司たちは、彼・彼女らへの理解を示す人もいるのだが、それが軍全体に浸透しているわけではない。それゆえに性自認に応じた服務規程が誰でも許されているわけではない。

しかし、優秀な軍人として国に奉仕している彼・彼女らの言葉に、軍の上層部は耳を傾けないわけにはいかない。性自認に応じた服務規程を適用する、という方針が定まり喜んだのもつかの間、大統領選挙でトランプ政権が誕生。トランスジェンダーの入隊を禁じるという方針を呈示される。

日本では知ることのない、トランスジェンダーの軍人たちの本音や生活を垣間見ることができる、実に興味深いドキュメンタリー。隣の芝生は青く見えるもので、LGBT人権運動に関しては大いに進んでいると思っていたアメリカの実態を知ることができるのも面白いところ。

[英題]TransMilitary
[監督]ガブリエル・シルヴァーマン、フィオナ・ドーソン
2018|アメリカ|92 分|英語

※7月13日(土)16:10よりスパイラルホールで上映

『ビリーとエマ』

フィリピンのJKビアン青春映画
ボーイッシュなJKがカッコイイ

◾︎物語

1990 年代半ば、フィリピンの田舎町。マニラから学期半ばに転校してきたボーイッシュな問題児のイサベル(愛称ビリー)。レズビアンであることを理由に実家にいられなくなり、田舎町の女子校の教員をしている叔母の家に住み学校に通うことになったようだ。叔母の務める学校は厳格なクリスチャン系の女子校であり、ビリーは全くなじめずにいた。シスターのお気に入りである優等生のエマは同級生たちとは雰囲気の異なるボーイッシュなビリーを遠巻きに見ていたが、学校の課題でペアを組まされたことをきっかけに二人は急接近する。そんな時、エマの妊娠が発覚して…。

◾︎解説

レズビアンであるサマンサ・リー監督の最新作。前作『たぶん明日』は2017年のレインボーリール東京で上映された。(作品の紹介はこちらのエントリをご参照ください)厳格なキリスト教系の女子校に通う優等生が妊娠、さらに同性愛という難しいテーマでありながら、可愛い青春映画として成立している。

サマンサ・リー監督(レインボーリール東京2017登壇時)

◾︎注目点

前作「たぶん明日」にも共通しているのだが、リー監督の作風は重たくも描けるテーマを明るく、そして可愛いく描くところがとても好感度が高い。

田舎町の厳格なキリスト系女子校の優等生が妊娠、しかも性的指向を理由に家を追い出されたボーイッシュな転校生と恋に落ちる、というテーマならいくらでもシリアスに落とし込んでいくこともできそう。しかし、リー監督は明るく爽やかな印象が残る青春映画に仕上げていて、その手腕はお見事。

他にもフィリピンの地方都市に住む母子家庭のJKの進学問題や、ボーイッシュな主人公が歌手を目指していること、キリスト教の教義と実生活のギャップなど、テーマを盛り込みすぎた感があって、少々消化不足かな、と感じる部分はあれど作品としてのクオリティは高く、監督の次回作にも期待が膨らむ。

フィリピンでの公開時にはティーン向けのファッション誌でも特集が組まれたり、主人公の2人はファッションアイコン的な存在になるなど、LGBT映画という枠を超えた反響があった模様。マイノリティを題材にしながら、メジャーな展開で話題を作っていく監督の狙いと手腕は素晴らしい。日本にもこれくらいの展開を目論める当事者監督や製作者が登場して欲しいと、切に願う。

[英題]Billie and Emma
[監督]サマンサ・リー
2018|フィリピン|107 分|フィリピン語、タガログ語

※7月14日(日)18:05よりスパイラルホールで上映

『1985』

HIVをテーマにした映画を作るには
時代設定を過去にしないと成立しない時代

◾︎物語

1985 年のクリスマス、ニューヨークで働く広告マンのエイドリアンは、3年ぶりにテキサスの実家に帰郷する。心に重い秘密を抱えたエイドリアンは、保守的で信心深い両親、年の離れた難しい年頃の弟、そして高校時代のガールフレンド(韓国系アメリカ人)に再会する。久しぶりに帰郷したのは何か話す目的があるようだが、なかなか口にすることができず・・・。

◾︎解説

全編モノクロで撮影されたこの作品、34年前の時代感を見事に再現している。主演は TVシリーズ『GOTHAM/ゴッサム』の鑑識官役で出演のコーリー・マイケル・スミス、保守的で信心深い父親役は同じく『GOTHAM/ゴッサム』や映画「ファンタスティックフォー」などでおなじみのマイケル・チクリス、愛情深い母親役には数多くの映画・ドラマで活躍している名女優ヴァージニア・マドセンがキャスティング。監督はマレーシア出身のイェン・タン。脚本や美術監督して多くの作品に関わっているが、自ら監督する作品はゲイがテーマのものが多い。

◾︎注目点

2016年のレインボーリール東京で上映された「パリ 05:59」という作品を見たときに、「もはやHIVというだけでは映画のテーマが成立しなくなった時代なんだ」と感じた。

「パリ 05:59」は金曜深夜(04:02)にハッテン場で知り合った男2人が肉体関係を持ち、物語がスタート。その後の会話からタチがコンドームを使わずに挿入したことを白状、驚いたウケは「自分はHIV陽性だ、どうしてハッテン場でコンドームを使わないんだ」と責める。その上で「自分は投薬していて検出限界以下だ、いますぐ病院に行ってPEP(曝露後予防投薬)をするべきだ」と伝え2人で深夜も診てくれる救急病院に向かう。タチは動揺しているが、診察した医師はPEPキット(水、クラッカー、3日分の薬)を持ってきて「今すぐ薬を服みなさい、そして週明けに再度来院して28日間の投薬を継続します」と告げる。投薬を開始して落ち着きを取り戻したタチを部屋まで送っていくウケ。気持ちが落ち着けば、お互いにイケる関係なことを思い出し「PEPが終わるまで一緒にいるからね」というウケに対してタチがキスするところで時間は05:59。という97分間のリアルタイムで描かれる作品。

HIV陽性だと分かっても投薬して「検出限界以下」に抑え込む、そうすれば投薬を続ける必要はあるものの健康な状態で長生きできる。また、不用意に生で挿入してしまったらすぐに病院に行ってPEPを開始できるというシステムも確立している(フランスの場合・日本では2019年7月現在PEPは認可されていない)。

医学の進歩は素晴らしいもので、もはや「HIV=死」という連想は皆無。現時点で完治はしないものの「長生きできる慢性病」というイメージの病気になっている。これでは「HIV陽性である」ということだけをテーマにしたドラマ作りは非常に困難。

そんな時代にHIVをテーマにした映画を作ろうとするならば、時代設定を過去に持っていくしか方法はない。

この作品は、まだエイズのメカニズムが解明されていない34年前、1985年を舞台にしている。当時、アメリカの東海岸・西海岸のゲイ・コミュニティでは、エイズを発症し治療する手立てもないまま死を待つのみという人が続出していた。そんな時代の絶望感が静謐なモノクロ映像で再現されていて、当時を知る者としては胸を締め付けられる思いがする。

保守的な白人家庭の息子が、80年前後に付き合った高校時代の彼女がアジア系、というところにも主人公の内面のコンプレックスが反映されているようで興味深い。

グザヴィエ・ドラン監督の「たかが世界の終わり」にも似た印象の物語。映画としての風格も高く、有名キャストの演技も見事。劇場公開ないしはNetflixやAmazonプライムなどで配信される、多くの人が見る機会が増えることを望みたくなる一本。

この作品の前にイェン・タン監督は同じ「1985」というタイトルでエイズをテーマにした短編映画を発表している。そちらもぜひ見てみたい。

[英題]1985
[監督]イェン・タン
2018|アメリカ|85 分|英語

※7月13日(土)21:15よりスパイラルホールで上映

7月12日(金)〜15日(月・祝)が、レインボーリール東京2019の本祭です。青山のスパイラルホールで今年の全プログラムが上映されます。このエントリでご紹介した3本以外にも、興味深い作品がラインナップされています。

梅雨明け前の天候イマイチな週末3連休は、世界の最新LGBT映画を堪能されてはいかがでしょうか?

詳細なスケジュールは、レインボーリール東京公式サイトでご確認ください。

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