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私はどう生きるか

どうもみなさんこんにちは。糸蒟と申します。
台風すごかったですね。ご無事なら幸いです。

ところで、
先日、糸蒟は宮崎駿監督の話題のアニメーション映画「君たちはどう生きるか」を鑑賞してまいりました。
小説の「君たちはどう生きるか」を読まずに鑑賞したので、この映画をきっかけにして、読んでみたいと思います。


ちなみにこれは糸蒟が描いたよ。糸蒟はイグアナに潜むのだ。

今日は映画の感想を書こうというわけではないのですが。

この執筆(と言うことにします)に至った理由には、私が今後の人生をどのように生きていきたいと思っているか、によるところがあるのです。

偏った知識を持ち、限られた視野の中、事柄を見たり物事を思考・判断することに、ある恐怖感を抱き育ってきた私は、幼少から様々なものに興味を示し、その好奇心の赴くまま色々な道草を味わってきました。

道草を食う度、糸蒟少年の針路は変わり続けます。
どのような紆余曲折を経て今に至るかという話は、またいずれしようかと思いますが。
今回はひとまず、「今」の話を。

私の人生において、長く味わい続ける道草が大きく分けて2つあります。
ひとつは「音楽」、もうひとつは「日本の芸能」です。
どちらも物心つく前から私のそばにあったもので、糸蒟の成分表の最前に記されるでしょう。(糸蒟の成分表ってなんか…)

話が逸れました。誰にも宛てていないとそんなことばかりです。

今日日、私糸蒟が妄想する将来像があります。
私が物書きをしたいと思うのは、人との関わりを避けたい想いからです。

他者との関わりは自分を豊かにする一方で、己とは何かを見失い彷徨わせる危険性も孕んでいると、糸蒟は日々感じています。
しかし、人は一人では生きていけない。弱い生き物です。
社会性を身につけてしまった生き物は、種として大きな力を得ると同時に、個としてとても弱体化したように思われます。
他者との関わり合いから逃れ、この空間で「個」として自由になりたい。

とんだ幻想ですね。
なんだろ、弱いと怖いから、強くなりたいのかしら。

しかし同時に、個としての弱さを認めることで支え合っていく知恵を身につけた人間の尊さも、糸蒟は強く感じています。
糸蒟は、ひとりでは生きていけない自信があります。
(どっかで聞いたことのあるセリフだな)

そんな糸蒟は、日本全国津々浦々、日本の文化を伝承する人たちの元へ行き、取材を通して人と関わり、繋がりたい。
こんなことを生業として生きてはいけぬものかと。

大学の恩師(勝手に「友達」だと思っていますが)曰く、
「思考にも鍛錬が必要」とのこと。
だから考えることは日々繰り返し、積み上げていくべきだと。

糸蒟青年は思いました。
書くことにも鍛錬が必要なんではないか!と。

ここで積む経験は、糸蒟の将来妄想を現実化するためのキャリアとなるのだろうか。
まあしかし、あまり飛躍させず、コツコツ積み上げていくつもりです。

今度、「旅人になりたい糸蒟のバンライフへの羨望」についても書こうかな。

糸蒟はこんなふうに生きていきたい。そんなお話でした。
読んでいただきありがとうございます。

そろそろページをめくります。



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