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移住して1年半、村のおばあちゃんたちの「足るを知る」生き方に触れたかった

みなさん、こんにちは。根羽村民のゆきです。
1年半前に渋谷区から長野県根羽村に夫婦で移住し、昨年7月には娘も生まれ家族3人豊かに暮らしています。

この写真は最近の日常です。娘が近所のおばあちゃんたちの井戸端会議に参加させてもらっています。

最近、オンラインでの移住相談を夫婦で受けることが増え、(相談内容についてはこちらにまとめています)改めて、移住や村暮らしについて発信していこうと思いました。

まずはこのnoteで少しずつ、私目線での村のことや村での子育てについてお伝えできればと思います。
そんな今日はまず、移住した経緯についてお話します。

移住のきっかけ

東京で大好きな仕事をして、休みもほどほどに仕事に没頭し続けていた28歳のとき、
自分の人生、この方向でいいのかどうか、立ち止まって考え直したタイミングが2018年9月の頃でした。
時を同じくして旦那のマギーも当時の働き方に疑問を抱いていて、東京でバリバリ働く延長線上に、私たちの理想はないかもしれないと気づき、もう一度「生きる」を大切にしよう、と2人で決めました。

そう決断するとき、私の中で軸になったのは、2017年5月に挙げた結婚式のコンセプト「一心」という世界観でした。

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当たり前の日常がとても尊くて、大切であること。
その大切なものに一つひとつ感謝をしながら生きること。
それが私にとっての豊かさであり、生きるということ。
これを真っ直ぐに体現する誇れる生き方をしようと思った時
この根羽村に移住するということが、ストンと腑に落ちました。

ないものは自分で生み出す、あるものを最大限活かす、「足るを知る」という精神

前職時代に古民家まつや邸(2020年5月現在、休業中)のリノベーションやマギーの仕事の都合で度々訪れていた根羽村ですが、移住の決め手はやはりそこに住む「」でした。

元々宿場町(その昔、愛知から塩尻まで塩を運ぶ時の道、塩の道と呼ばれる道沿いにあたります)ということもあってか、外者に対しても温かかく、居心地のいい地域風でした。

ここ根羽村は最寄りのコンビニまで車で25分、大きなスーパーに行こうと思うと車で45分、決して便利とは言い難い場所です。
そんな場所だからこそ、この村のおじいちゃんおばあちゃんたちは皆、「足るを知る」精神が生き方にあらわれています

作物の採れない冬のために、春、山で採れた山菜や筍は塩漬け等にして保存していたり
夏に収穫した野菜たちを糠につけておいたり
90歳近いおばあちゃんも現役で畑仕事をしていたりします。
そんなおじいちゃんおばあちゃんたちもこの先もう長くはない時に
この人たちの生き方に触れて豊かに生きるということを学ぶのは今しかないと思いました。

そんなこんなで2018年12月に夫婦で移住をしました。

移住して1年半経ち、改めてここに来る選択ができてよかったと思います。
日々、村のおばあちゃんたちに田舎の知恵を教えてもらいながら、「今日も最高だー!」という1日を積み重ねられています。

緊急事態宣言の解除も決まり、少しずつ人々の行動範囲も広がりつつあるいま、根羽村にも遊びにきていただけたら嬉しいです!

今日はここまで。

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