【いまはもうなき旅の記録】 5. サムイ島 着
2007年8月7日(火)
バスでの不思議な一夜を越え、僕はサムイ島へのフェリー発着場にいた。
よっぽど悲しい顔をしていたのか、近くにいたおばちゃんが温かいコーヒーを恵んでくれた。
恥ずかしいことに、この時の日記は【切ない つらい 会いたい 悲しい】の文字で埋め尽くされている。
一体どれだけ傷ついていたんだろうか、今の自分から見ればその感受性は羨ましい。
フェリーに乗ればすぐ、サムイ島に着いた。
島の景色と音は、バンコクやパタヤの騒がしさとはまるで違っていた。
柔らかな島風が、悲しみを舞い上げてくれそうだった。
【タイの人はもしかしたらすごく優しいのかもしれない。見る目が変わってきた。あの子に出会ってから。】
そう、世界は見る目によって変わるのである。
見方というよりも、その時の瞳の純度によって見え方が変わる。
ビーチにはニコール・リッチーのような美女がトップレスでいた。
でも、あのときの僕の清らかな瞳には大したものとして映らなかったようだ、たぶん。
日記も記憶も途切れている。おそらくビーチ付近の安宿にでも泊まったんだろう。
2007年8月8日(水)
【朝、レストランから海を見るとまるで別の場所みたい。潮の満ち引きだね。曇り空が少し残念だけど綺麗だね。今日はラマーイ・ビーチへ】
なんだか日記の口調が変化している。あのバスの出会いがもたらした優しさがわかる。
バイクタクシーの手荒な運転で、ラマーイ・ビーチへの道を突っ走った。
どこへ向かうのかわからない不安と期待が爆速に揺られたのを覚えている。横目には果てしない海と空があった。
最初に案内された宿は汚かったので断り、次に連れて来られたのは、質素なバンガローの集落だった。着いた瞬間なにやらイイ雰囲気が感じとられ、ここに泊まることを即決した。
案の定ドライバーがぼったくり料金をふっかけてきたので少し声を荒げ応戦していたところ、どこからともなく森久美子似のおばちゃんが現れ仲介してくれた。最初に断った宿はドライバーの実家で、もともと宿泊セットで大金を使わせる目論見だったと思われる。結局それなりの金額を払って手打ちとなったが、ドライバーも生活がかかっているから仕方がない。
さて、ここはラマーイ・ビーチの南端に位置する「WHITE SANDS BUNGALOWS(ホワイトサンズバンガロー)」。
このバンガローとの出会いもまた運命的と言えるもので、しばらく居座ることになる。
サムイ島での日々の美しさをいま表現しきれるかどうか。