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【いまはもうなき旅の記録】 7. サムイ島の黄昏、パーティナイト

2007年8月10日(金)

【おはよう。一週間経過して、体内時計がしっかりタイ仕様です。少しだけ元の生活が恋しくなってきています。今頃TSUTAYAでDVD借りて見てたんだろうな…ってそれだけか。もし日本にいたらオレは何も変われなかっただろう。この旅は始まったばかりだけど学んだものはすでにでかい。これから何が起きるのかただワクワクする。】

素晴らしい青空。起きぬけ、宿に一番近いコンビニへ行き、ペットボトルの水を買う。味比べのために毎回水のブランドを変えていると、店員の青年が僕を覚えたようでニッコリ微笑んでくれる。「コップンクラー」僕も微笑みを返す。(もう友達だ、そうだろ?)

宿の中心のテラス席に座ると、オーナー家族のTRF姉ちゃんが「オッハヨ」と声をかけてくれる。外国語のアクセントに苦労するのは世界みな共通だ。
そして、TRF姉ちゃんがふるまう極上のガパオライスにパッタイとフルーツの盛り合わせをたらふく食べる。宿のスタッフの女性や子供たちは日を避けながらのーんびり話をしている。内容こそわからないが、聴いていると心地よくなるリズムだ。また眠くなってくる。
砂浜の岩場には、仙人のようなロイさんが座りこんでいる。ロイさんは僕が英語に乏しいのをわかってか、同じWordを繰り返す。

「Slow…Slow…Slow…」

僕は返す。
「Yes…yes…yes…」

そんなモーニングルーティーン。

Slow…Slow…Slow…

常に海パン一丁のALEX(オーストラリア人のダンディなおじさん。この宿のリーダーのように見える。でも宿のリーダーって何だ)が、「明日の夜にビーチでパーティがあるぜ」と教えてくれた。パーティ?何のことだろう?

今日はここラマーイからサムイ島内の行ける場所まで歩いてみよう。
地図を広げ、綺麗な夕陽が見えそうなスポットの当たりをつけ、気は早いが昼過ぎに宿を出た。
太陽が照りつけ風が流れる道を黙々と歩いた。信号はない。でも、歩いているうちに独り言が湧き上がり、立ち止まってはそれらをノートに書き留めた。

「自分の内側」と対話を続けられるのは、一人旅の美点だ。自分の外に知るものがない状態であればなおさら、自分だけが話し相手になってくる。自分に声をかけ、自分の話を聞く。それを繰り返すと、自分すら他人のようになってくる。見知らぬ自分と出逢う。

【でも、この島の、例えばあのバンガローの少女たちはこれからもあの場所で生活していくのだろうか。となると華やかな街のネオンも喧騒も彼女たちは知らずに大人になっていうのだろうか。それが幸か不幸かはわからない。けど少しだけ気の毒に思えてしまうのは、やはり自分がこちら側にいないということを証明している気がする。】

歩いている内いつの間にか、宿からかなり離れたナー・トーンの港まで来ていた。
夕暮れ時の浅瀬。服のまま水遊びする子供たち。見守る母。美しすぎる光景、優しい。絵の様なバニラ色の空。雲が止まっていた。

当時の写真がないので代わりに2019年のインドネシア・フローレス島の風景を。
夕陽の浜辺を包む空気は世界どこも似ている。

…と、そこへ【おっぱいの大群】が現れた。ここはやはり、夕陽スポットとして有名な観光地らしい。僕の地図上のカンは間違っていなかったか。
港に着いた船から、ぞろぞろ大量のお客様が集まってきた。
(ようこそ。サムイ島へ)
たかだか数日長く島にいるだけでちょっと上から目線になってしまう愚かな私を許せ、海よ。
一気にムードが消え失せた港を背に、歩いていると角のレストランから歌が流れてきた。

「Right Here Waiting」…あのバスで彼女と一緒に聴いた歌だ。

【また会えるんだ!きっと。そういうもんなんだ!】

タイには「ソンテウ」という乗り物がある。小型トラックの荷台を改造した乗合タクシーだ。ここサムイ島ではメインの移動手段だ。今夜は初めてこれに乗って宿に戻る。

Picture taken by en:User:Markalexander100.

【ソンテウは後ろを見れるから好きだ。もう通り過ぎた道をぼーっと眺めて、ふっと明かりが見えてもそれはすぐに小さくなって見えなくなる。過去に何の罪もない。消すことはできない。眺めると優しい明かりが灯っている。】


2007年8月11日(土)

おはよう。今夜はパーティらしい。
ALEXがせっせと準備している。昨日ALEXが言っていた「パーティ」とはこの宿で開催されるものだったのだ。ALEXを何も手伝えない非力な自分が情けないが、せめてずっと見守ろうじゃないか、甘いフルーツを食べながら。

タイムラプスのようにあっという間に時が過ぎ、パーティの夜が来た。

予想よりもずっと盛大なパーティだった。バンガローの宿泊客からスタッフまで、ほとんど全員が参加し、宿前のビーチでALEXら屈強な漢たちが切り盛りするバーベキューを食べ合った。盛り上がりのピーク、花火が打ち上がった。TRF姉ちゃんの旦那が花火職人だったのだ。

20歳になったこの年初めての花火は、見知らぬ島のバンガローで偶然集まった世界中の人々と見ることになった。
僕らは互いに何者かさっぱりわからないし、これからも知ることはないだろうが、一緒にこのビーチで花火を見つめた。

【この火、この波音、この砂、この歌声、この場所、全てが優しくて愛しい。完璧だ。この喉を逆流するスープ以外は。星空を眺めては流れ星を探す。これは何歳になるまでできるんだろう。大人になるまでか。】

【もしかすると、オレらが生きている時間の流れは逆流しているのかもしれない。終着点がすでに決まっていて、その未来にいる別の自分が今ここにいる存在している自分を見ている、呼んでいる。そう思うのもまた、今これを書いていることすらたんなる偶然だと思えない自分がいるからで、暑さで頭をやられたわけじゃない。ずっと感じていたこと。なぜか全ての出来事に「見覚えがある」から。】

パーティは夜通し続いた。お腹も気持ちも満杯になった僕は一足先にコテージへ戻った。愛犬パウロも身を寄せてついてきた。
蚊帳の中の布団にまで入ってきてしまったので、またポーチに出て、パウロが落ち着くまで隣に座った。

再掲のパウロ。この夜の写真かな。

生温い夜風が日焼けした腕をなぞり、気持ちよかった。蚊の声が聴こえたので、蚊取り線香を焚いた。煙の匂いを嗅ぐ。
木々の陰を挟んだ向こう側、終わらないパーティの淡い光が浮かんでいた。

この島、この宿を出たくはなかった。ただ、このままここに居座ったら、東京の自室でずっとDVDを観ている自分と何ら変わらなくなってしまうと思った。いずれはここから出なければいけない。そんなことを自分自身と話していた。

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