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【ケトン体 vol.4】-論文紹介②:心臓編

この飽食の時代に,絶食時に体内の脂肪が溶かされて作られる"ケトン体"の存在意義について考え続けているTOMMYです.さてさて,だんだんマニアックになりつつありどこまで需要があるか分からない特集【ケトン体】も4回目となりました.今回は「心臓とケトン体の関係」について書きます.

前回のおさらい(筋肉編)

前回「【ケトン体 vol.3】-論文紹介①:筋肉編」では,"ヒトがケトン体を含んだ水を飲むと持久力がアップした"という2016年のアメリカで発表された論文を紹介しながら,ケトン体はATPを増やして乳酸を減らす,効率の良いエネルギー源になりうるという話をしました.乳酸は酸素が少ない状況下でエネルギーを作るときに行われる"嫌気性代謝"の代謝産物でしたね.

疲れたときに「乳酸がたまる」みたいな,そうあれです.

筋肉に対する作用を検討する中で,ケトン体によるこのような"臓器保護効果"(腎臓や心臓,筋肉などの各臓器を守る・保護する効果)に関しては明らかにされつつあることがわかりました.

さてATPのエネルギー源には,ブドウ糖・脂肪酸・ケトン体の3つがあるという話をしましたね.そう下の図でいうと,黄色の部分がこのATPエネルギー源"御三家"ですね.

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心臓のATPエネルギー利用について

ここで"心臓"や"腎臓"などの臓器は,ATPエネルギー源(ATPを作り出すために必要となる燃料)をブドウ糖ではなく脂肪酸に大きく依存していることが分かっています.

ここでは,ケトン体の心臓に対する臓器保護効果について書きたいと思います.心臓は"ミトコンドリア"を豊富に備え,そのATPエネルギー源を脂肪酸に大きく依存していることが知られています.正常な心臓はATPエネルギー利用の約70%を脂肪酸に依存していて,ケトン体利用は10%程度だと言われています.

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つまり通常運転の心臓では,ドクドクと脈を打ち,体全体に血液を送り出すための燃料の多くを脂肪酸に依存しているというのです.

しかし,"心不全"や"心筋梗塞"などの病的な状態,つまり壊れかけのRADIOならぬ"壊れかけの車"の場合はどうでしょうか.過去に出された3つの論文を参照しながら解説していきたいと思います.

過去の論文紹介

心不全や心筋梗塞モデルマウスの心臓では,ケトン体代謝律速酵素(ケトン体を材料としてATPを作り出す回路の中で重要な道具)の一つであるBDH1の蛋白発現が増強していることが報告されました(1).心臓組織の蛋白質の発現を可視化する"ウエスタン・ブロット法"を用いて評価していて,下図で言うとShamが正常なモデルの心臓で,CHとHFが障害を受けたモデルの心臓です.見た目が濃いと,その組織での蛋白質の量が多いことを示します.

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さらにケトン体代謝の律速酵素であるSCOTを心筋特異的に欠損させたマウスを用いました."心筋特異的"とは,心臓においてのみその遺伝子が発現しないように改良された"遺伝子改変マウス"のことです.

つまり心筋特異的SCOT欠損マウスとは,心臓でだけSCOTというケトン体を利用するのに重要な酵素(切りはりする道具)が使えないマウスということになります.回りくどいですが,「心臓ではケトン体を利用してATPが作れないけど,心臓以外の臓器ではケトン体を利用できる」状態です.

マウスの大動脈を細い系で縛り,"うっ血性心不全モデル"となる処置を加えたところ,この心筋特異的SCOT欠損マウスでは著明な心臓の肥大と心拍出量の低下を認めました(2).下図のShamが正常マウス,TACが心不全マウスです.下段の"SCOT-Heart-KO"が"心筋特異的SOCT欠損マウス"の結果です.心臓を横断したものを見ていただくとわかるように,かなり心臓が大きくなっていますね.

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一方で心筋特異的BDH1過剰発現マウス(次は逆に,心臓においてのみケトン体を過剰に利用できるマウス)では,"心不全モデル"での心筋リモデリング(壊れた壁を治すような修復のこと)を改善させ,酸化ストレスやアポトーシスという細胞が自ら好んで死んでしまうような状態も改善されることが分かりました(3).

まとめ

これらの結果から,"心筋梗塞"や"心不全"など,障害を受けた病的な心臓においては,ATPエネルギー源が脂肪酸からケトン体にシフトしている可能性が示唆されました.例えて言うと,正常な車は脂肪酸を燃料として走るが,壊れかけの車はケトン体を燃料に切り替えて走ると言うことです.

今回はこれが言いたいがために長文となりました.お付き合いいただきありがとうございました.今回の論文紹介はマウスにおける実験でしたが,次回はヒトに対してケトン体を投与すると,心臓ではどのようなことが起こるのか,といった内容を紹介したいと思います.

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参考文献:

1) Gregory A, Ola J. Martin, Julie L. Horton, et al. The failure heart relies on ketone bodies as a fuel. Circulation 2016;133:698-705.


2) Rebecca C. Shugar, Ashley R. Moll, D.Andre d’Avignon, et al. Cardiomyocyte-specific deficiency of ketone body metabolism promotes accelerated pathological remodeling. MOLECULAR METABOLISM 2014;3:754-769.

3)Uchihashi M, Hoshino A, Okawa Y, et al. Cardiomyocyte-specific Bdh1 Overexpression ameliorates oxidative stress and cardiac remodeling in pressure overload-induced heart failure. Circ Heart Fail 2017;10:e004417.

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